奥比叡の里より「棚田日詩」 | 里山の美しい住人たち

2018/06/17

この辺りでも10日ほど前に梅雨入りしたようだ。稲は盛んに分げつを繰り返し、背丈を伸ばすだけでなく多くの葉を茂らせ始めた。田植えの頃の田んぼと違い、徐々に緑が水面を覆い隠すようになってきた。今年の梅雨は、 雨も程よく降り水不足の心配はないようだ。しかし、夜になってからの気温の低さが少し気に掛かる。

里山の美しい住人たち

私が最も多くシャッターを切る平尾の棚田は、奥比叡連山に刻まれた谷筋に築かれている。圃場整備が行われる前の曲線で囲まれた昔ながらの田んぼが積み重なり、有名な馬蹄形の棚田や一本桜のある谷間である。

谷の幅は標高が高くなるに従って狭くなり、最も狭い所で100~200ⅿほど。広い所で600~700ⅿほどになる。谷の両側の尾根筋には、針葉樹や広葉樹の雑木の森、竹林などが連なっている。谷の底には大倉川(天神川)という細い川が蛇行して流れ、そこに小さな河原もできている。棚田には、柿の木やクヌギ、桜の木などが点在し、それ自身が住処となり餌場や止まり木となっている。ほとんどが水田だが、わずかながら野菜などが育てられる畑もある。近年は麦畑が広がってきている。こまめに草刈りされた日当たりのいい雑草地、雑草に覆われた耕作放棄地、全く手入れのされていない笹や灌木の藪となってしまっている所も少なくない。じくじくと水が滲み出す湿地も所々にある。棚田は標高80ⅿくらいから320ⅿほどの間に築かれ、溜池が要所々々に配置されている。そこより上は、標高500~800ⅿくらいの山の中へと入っていく。山の大部分は檜や杉の針葉樹に覆われ、林業が営まれている。その針葉樹林の中にぽっかりと穴が開いたような状態で広葉樹林が点在し、春の新緑、秋の紅葉が美しい。わずか1㎞×3㎞にも満たない谷筋に、多様な生き物たちの多様な生息環境が存在している。

   今回は、この多様な生息環境に適応し、自らの居場所を定めている野鳥たちを紹介させてもらおうと思う。

 

【コゲラ】 日本で一番小さなキツツキ。この写真は、桜の木についた幼虫を食べているところ。キツツキらしく、口ばしで木の幹を突くドラミングの音も聞こえてくる。結構近くまで寄っても逃げない。やんちゃ坊主のような顔が何とも可愛い。

【ヒヨドリ】 体長は30㎝ほど。スズメなどと比べると倍くらいの大きさになる。留鳥(その地域で生まれ育つ)/漂鳥(季節的に国内を移動)に分類され、寒さの厳しい地域では、温暖な所に移動していくようだ。農村地域だけでなく、都会の公園や庭先でも見ることができる。この写真の顔を見ていると、どこか哀愁を感じてしまう。地域によっては、キャベツやミカンなどの農作物を荒らすようだ。

【オオルリ】 その美しい鳴き声で、ウグイス・コマドリと伴に「日本三鳴鳥」とされている。四月の下旬ころ東南アジアの国々からやって来て、日本で繁殖・子育てをして秋に戻っていく。キリッとした凛々しいお顔。瑠璃色が美しい。少年時代からの私の憧れの鳥である。

【ヤマガラ】 少年時代、夜店などで見かけた懐かしい思い出がある。この鳥に10円?を渡すと、先ず鳥かごの中に作られた神社の鈴を鳴らし、次に神社の扉を開けて中から「おみくじ」を持ってきてくれる芸を見せていた。野鳥の保護運動が高まり、今では法的にも捕獲が禁止され、そうした姿を見掛けることはなくなった。

【イカル】 この写真は、小さなサクランボを夢中で食べているところ。木の枝に止まって、口に含んだ餌を愛妻に口移しで渡す様は、本当に微笑ましい。スズメより一回り大きい。

【ツグミ】  秋にシベリアから大群で渡ってくる。稲の切り株の間を餌を探して歩き回る姿をよく見かける。3月末頃になると一斉にシベリアに帰り、繁殖・子育てをする。スズメより一回り大きい。

【ヒバリ】 トビなどの大型鳥類を除けば、この辺りではヒバリが最も空高く舞いさえずっているのではないだろうか?  このさえずりは「揚げ雲雀」といって、縄張り宣言をしているそうだ。近年、麦畑が増えたせいか、ヒバリのさえずりが多くなっているように感じる。

【ホオジロ】この時は、クヌギの木のてっぺんで盛んにさえずっていた。こちらも少しづつ接近する。それでも気にならない様子でさえずり続けている。4~5ⅿほどに近づいただろうか、あっという間に飛び去ってしまった。野鳥の撮影には、適切な距離感というものが必要なようだ。

【カワセミ】  カワセミは、私の少年時代の憧れの鳥である。それが私の自宅のすぐ近くで出会えるとは思わなかった。小さな魚が泳ぐ小川や溜池があれば、意外とどこででも見つけることができる。口ばしは長く、いかにもハンターといった風情である。オスが採ってきた小魚をメスに口移しで与える求愛行動も、運が良ければ見ることができる。この里山に輝く小さな宝石である。

【アオサギ】 羽を広げれば180㎝ほどになる。日本で繁殖するサギの中では最大のものである。よく田んぼに降りてきてカエルやザリガニなどを食べているようだ。この写真は、小高い丘の中腹にある大きなクヌギの木に止まっているところを撮った。高さは20ⅿほど、かなり見上げてアングルを決めた。枯れ枝を足元に集めていたところを見ると、営巣していたのかも知れない。

【ムクドリ】 スズメよりは二回りほど大きく、鳩よりも一回り小さい。都会では数千・数万の大群となって街路樹などに集まり、糞害や騒音公害を起こしている。農村地帯では虫取りの名人として有難がられる存在でもある。

【カワラヒワ】 スズメほどの大きさ。全体に茶色っぽい一見地味な鳥だが、羽を広げると黄色が美しい。麦畑の収穫が終わった後に、イヌタデが群生していた。そこに十数羽のカワラヒワが何かをついばみにやって来ていた。

【スズメ】 日本人にとって最もポピュラーな鳥ではないだろうか。小学生の頃は「手乗りスズメ」として飼っていたこともある。こうした野鳥を見ていると、触れた時の身体の柔らかさ・爪の鋭さ、身体の温もり、トクトクと脈打つ心臓の鼓動、命ある者が持つ独特の感覚が手のひらに蘇ってくる。田んぼなら、どこにでもいるわけではない。村から遠く離れた田んぼで見掛けることはない。人の生活と接した田んぼがお気に入りのようだ。

 

 これらの写真のほとんどが、今年の4月~6月初旬に出会った鳥たちである。野鳥たちにとっての春は、恋の季節であり、巣作りや子育てに追われていく季節でもある。耳を澄ませば、奥比叡の里山は鳥たちのさえずりに溢れている。


 

今年の1月、信州の女神湖で井坂さんという野鳥を撮っておられるアマチュアカメラマンと偶然お会いすることができた。その後、彼のフォトブログ【 healing-bird のファンとなり、それが鳥への関心を持つきっかけとなった。これまでの私の写真の中にも、鳥が写っているものが少なからずある。しかしそれらは、風景を撮っている中で鳥が偶然入ってきたものがほとんどであり、鳥そのものに関心を持ってカメラを向けたものではない。しかも、トビやカラス、カモやキジ、シラサギなどの大型の野鳥が大半である。理由の一つには、小さな野鳥を捉えるには私のレンズシステムの中で望遠系のレンズが不足していたということもある。いずれにしても小さな鳥たちは、どれもが茶色のモノトーンに見え、関心の埒外にあった。

不思議なことに、野鳥に関心をもって棚田を歩いていると、これまでと違って多くの鳥たちが目に入ってくるようになり、聞いたこともないような鳴き声が耳に入ってくる。今日の写真の中で、コゲラ・オオルリ・カワセミ・ヤマガラ・イカル・ホオジロ・カワラヒワなどは、今回の撮影に際して初めて目にした鳥たちである。今までもお目に掛かっていたのかも知れないが、全く気付かなかった。今年で奥比叡の里山とのお付き合いは28年になる。これまで見たいものを見、聞きたいものを聞いていただけだったのかも知れない。自分の利害の外にあるもの、関心の及ばないものについては何も見て来なかったのではないかと、今更ながらに反省させられる。

いずれにしても、井坂さんとお会いしていなければ今日のdiaryはなかったと思う。今では棚田に止まらず、自宅であろうと京都の職場であろうと、どこにいても鳥の声に耳を澄まし、鳥影を目で追いかけている自分がいる。少し里山を見る目が豊かになり、少し人生が幸せになったような気がする。井坂さんに感謝!