奥比叡の里より「棚田日詩」 | サクラのささやき

2014/04/06

サクラのささやき

馬蹄形の棚田の横に、村の人たちが棚田来訪者のための駐車場を作ってくれている。今日の写真は、その駐車場にある桜の一本である。まだ若木のため、この桜を写す人はほとんどいない。私自身もこのカットを撮るまでは、一度もカメラを向けたことがない。

撮影も終え、三脚と機材を車に仕舞い込み、帰り支度をしていた。丁度その時だった。背後から「私を撮って!撮って!」という可愛い声が聞こえたような気がした。振り返ってみても誰もいない。何とも愛らしい桜が一本、佇んでいるだけだった。きっとこの桜に呼び止められたのだ。私は再びバッグからカメラを取り出していた。

棚田街道(*)を行き交う軽トラックを背景に、いよいよ田植えの準備が始まる季節、畦の草花が咲き誇る季節、蛙や虫たちの生命が目覚める季節、そんな春の歓びを表現してみたいと思った。

私は超常的な現象をほとんど信じていないが、撮影をしていると、時折不思議な感覚の中でシャッターを押すことがある。この不思議な感覚をどのように表現したらいいのか分からないが、何かに導かれるように撮影している自分がいる。この写真の時もそうだった。自分の意志ではなく、被写体の方から呼び止められているようなのである。この写真では、可愛い女の子の声がしたように思ったのだが、時にはヒドイ呼びかけに出会うことがある。「オイ、ヘタクソ!! 俺を撮ってみろ!」というオッサンの声が響くこともある。


 

季節は「三寒四温」の中にある。この2~3日は、冬に逆戻りしたような「寒」の日が続いている。車の温度計も4度まで下がり、棚田の向こうに見える比良山も再び白く雪化粧されていた。信州や東北などの北国は別にして、この辺りでこんなに桜と雪が絡む風景と出会えるのも珍しい。

有名な「棚田の一本桜」(*)は、五分咲きといったところだろうか。桜の下でお弁当を食べる人、子ども連れで記念撮影をしていく人、デートで来られている人、アマチュアカメラマンの人たち、今年も多くの人たちと出会った。それでもこの2~3年、棚田を訪れる人の数が随分少なくなったように感じられる。様々な要因があるのだろうが、殊に獣害対策用の金網が張られてからは、その傾向が顕著になったようだ。(もちろん農家の人々からすれば、却って静かになっていいと考えておられる方が少なからずおられることも充分理解できることである)

猪や鹿による獣害(*)は、奥比叡の農村地帯に限ったことではない。ここ数年、日本全国の広い範囲で確認されているようだ。恐らくこの数十年の日本社会の急激な変化が、こうした問題としても現れているのだろう。だとすればこれは、一人農村の問題ではなく、社会全体で考えていかなければならない問題ではないだろうか? 歴史的にも掛け替えのない棚田の景観やそこにある素晴らしい里山環境と調和する対策を、電気柵や金網ではない対策を、真剣に考えていく必要があるのではないだろうか?

*  棚田街道  (どうしよう

*  棚田の一本桜  (一本桜

*  猪・シカの獣害  (年の瀬の後片付け