奥比叡の里より「棚田日詩」 | 春の棚田色

2014/03/09

春の棚田色

かつて伊香立と仰木との境目あたりに2つの小さな谷間があった。もちろんこの2つの谷間も、昔ながらの小さな田んぼが積み重ねられた棚田であった。ここで過去形で書いているのは、一つの谷間は、すでに工事用などの残土で埋め立てられてしまっているからである。

今日の写真は、残された方の谷間の棚田である。この田んぼの左の方がどうなっているのかは、今年の11日の写真(http://tanada-diary.com/date/2014/01/01)を見ていただければ、お分かりいただけると思う。谷の地形や棚田の形状が面白いだけではない。遠く琵琶湖の向こうに近江富士を望み、近景の田んぼの畔には多くの雑木が彩りを添えている。四季を通じて小鳥たちがこの木々に集まり、谷間にそのさえずりを響かせている。本当に美しい棚田の景観であり、里山空間である。

この田んぼは、伊香立の東さんが耕しておられる。撮影をしていると、年に何回かは必ずお会いする。「この谷間も埋め立てられるんですかね?」と聞くと「業者が買いには来ているが、売るつもりはないんや」と笑っておられた。その東さんを、この3年ほどお見掛けすることがなくなった。それに伴って、たちまち背の高い雑草が田んぼを覆い隠し、今は荒れ果てた耕作放棄地のようになってしまっている。何十年にもわたって東さんが流してこられた汗。その汗が、この写真のような美しい田んぼを生み出しているのだということを今更ながらに思い知らされる。田んぼでお会いするだけの関係だが、お身体を悪くされたのか、気掛かりは増すばかりである。


2月の下旬頃は比較的温暖で、気温も10度を超す日が多く、オオイヌノフグリやタネツケバナ、ホトケノザ、タンポポといった草花が少しづつ顔を出し始めていた。一転、先週から今週に掛けては雪の吹雪く冬日となった。中でも10日は、棚田一面が真っ白に染まるような3月にしては珍しい大雪であった。

この写真では、畝にタネツケバナの白くて可愛い花が咲いている。その畝の黒っぽい土の中から、雑草たちが新芽を伸ばし、徐々に畝を緑色に変えていく。枯草色の畦や土手、灰褐色の土、緑に染まり始めた畝。これが3月初旬から下旬に掛けての田んぼの代表的な色彩である。この25年、こんな田んぼの色の移り変わりに、本格的な春の気配と歓びを感じてきた。

* 花の写真については、昨年3月の  春の予感3月の雪それぞれの浅春  をご参照ください。