奥比叡の里より「棚田日詩」 | 2021 | 1月

2021/01/01

謹賀新年

2021年、明けましておめでとうございます。

今年は、奥比叡の棚田の写真を撮らせてもらうようになって31年、「棚田日詩」を始めて10年目という年になります。だからと言って、私の撮影姿勢が変わるわけでもありません。これまで通り、ボチボチ・コツコツ・淡々と棚田と向かい合っていくつもりです。そして出来うるなら、棚田からのそよ風を皆様の心の中にお届けすることができれば嬉しく思います。

年頭に当たって、私がどんな所で撮影しているのか?  少しご紹介しておこうと思います。そのことを説明するのに今日の写真は最適なものだと思っています。

写真をよく見てください。分かりにくいかも知れませんが、この写真はV字型の谷間の両側に棚田が積み重なっている風景を写したものです。まずV字型の谷を頭の中で思い描いてください。V字の一番底と棚田の一番上にある田んぼの高低差は40ⅿほどになります。10階建てのビルの高低差ほどになるのでしょうか。V字の手前の方にある一番上の田んぼと、向こう側の一番遠くにある田んぼとの距離、すなわちこの谷の幅は600ⅿほどになります。ついでに言いますと、V字の谷の一番底には、この地の農業にとって死活的に重要な役割を果たしている大倉川という小さな川が流れています。そこが標高で言えば140ⅿほどになります。もっとも大倉川は、この写真の真ん中あたりにある竹林や木立の連なりよりも更に下にあるために、隠れてしまって見ることができません。

さて、この写真の左手の方へ2㎞ほど棚田の中を登って行ってみましょう。標高で言えば300ⅿほどの高さにまで登ることになります。谷幅は徐々に狭くなり、30ⅿほどになってしまいます。棚田はこの辺りでなくなります。そこから上は奥比叡の山の中になり、林業が営まれる空間になります。

今度は、この写真の右手の方へ行ってみましょう。実はこの写真の右手から田んぼの形態は大きく変わってきます。十数年前に圃場整備が終わり、大きく四角い田んぼの棚田に生まれ変わりました。その棚田の中を2㎞ほど下っていくと、堅田の町の住宅街と接するようになります。この辺りの標高は120ⅿほどです。少し付け加えますと、堅田の町を更に2㎞ほど下っていくと琵琶湖の湖岸に辿り着きます。

そしてこの風景を特徴づけるもう一つの主役、比良山がどっしりと聳え、棚田を見下ろしています。といったところが今日の写真であり、現在の私の主要な撮影地となっている所です。ややこしいですが、少しイメージしていただけたでしょうか?

 

「奥比叡の田園地帯(南の坂本から北の伊香立辺りまで)には七つの大きな谷が刻まれている」と、かつておじいさんから聞かされたことがあります。私が棚田写真を撮り始めた1990年頃は、その全ての谷間に様々な形をした昔ながらの田んぼがびっしりと積み重ねられていました。その範囲は、東西約5㎞×南北約10㎞ほどという広大なものでした。

それから10年~15年、徐々に圃場整備が進み、昔ながらの小さな田んぼは四角く大きな田んぼに生まれ変わってきました。その圃場整備によって、田んぼには大きな農機具が入るようになり、省力化・生産性の向上・労働力の高齢化といった課題にも一定の進展があったようです。

今、昔ながらの棚田の面影を残しているのは、唯一この写真の谷間だけとなってしまいました。

今日の写真は、私にとっては原点ともいうべき風景が写っています。私が今「棚田日詩」の文章を書いているのも、棚田の中で写真を撮り続けているのも、全てこの風景との出会いが出発点となっています。1990年、偶然この場所に迷い込んだ時、「スゲェ! スゲェ!!」という言葉が無意識に口から飛び出していました。京都市という都会の中心街で育った私にとって、全く未知の、初めて見る風景との出会いに「感動」という言葉を超える感情が溢れていました。カルチャーショックだったのかもしれません。なぜかこの時、この農村地域の写真をライフワークとして撮り続けていこうと心に決めていました。その時私は40歳。それから31年、振り返ってみれば奥比叡の農業環境は激変の時代だったようです。

新年に当たって、この棚田の風景が持つ私にとっての意味を、そして奥比叡の農村の抱える現代的課題を、今一度心に問い掛けてみるのも悪くないように思います。

30年前、私はこの棚田の風景をどのように考えていたのか?  その出発点となる思いを書いた文章が「棚田日詩」にも綴られています。そのリンクを下に貼り付けておきます。

農業音痴の棚田日詩            里山について

これらの文章を読み返してみて、基本的には今もその思いは変わっていません。そしてその思いが、今も私の心の奥底を熱くしているようです。

コロナ禍のお正月。皆様いかがお過ごしでしょうか?   今年は何よりも皆様のご健康を、そしてご多幸をお祈り申し上げます。