奥比叡の里より「棚田日詩」 | 深呼吸

2013/07/07

深呼吸

梅雨の明けた7月の日中は、うだるように暑い。私の一番苦手な季節である。太陽が西の空に傾き、気温もわずかに下がる頃、田んぼに出掛けることが多くなる。できれば、弱い風でも吹いてくれるとありがたい。それは、昼間の強い直射日光を避けたいというだけではない。この時間帯、この時期特有の棚田の美しさを見せてくれるからである。午後の射光線に照らされた棚田は、光と影の強いコントラスを描き出す。棚田の土手の真っ黒な影、その影の上に広がる輝くような稲の緑、それが棚田の形状を一層印象深く際立たせてくれる。2時間ほど棚田を巡って撮影していると、やがて太陽は奥比叡の山々の彼方へと沈んでいく。その時から風景は一変する。棚田を照らす美しい陽射しは消え、影のない平板な風景に戻っていく。

大抵はこの段階で撮影を止め、夕飯の待つ家路へと急ぐ。しかし時折り、どうしても帰れない時がある。更に何かを撮影したいというわけではない。ただ、心が立ち去り難いだけである。カメラや三脚、すべての機材を畦に投げ出し、草の上に腰を下ろす。汗に濡れた身体が心地よい疲れを感じている。何を考えるわけでもない。頬は通り過ぎる風を感じ、耳が蝉やカエルの鳴き声を聞いている。ねぐらに帰る鳥たち、流れ行く雲、刻々と変わる空の色、それを目が追い続けているだけである。ここに座っていると、すべてのものが愛おしく感じられ、掛け替えのないものに思えてくる。それでもこうした言葉だけでは掬えない気持ちが溢れ出してくる。気が付けば、胸いっぱいの深呼吸をしている自分がいる。大きく、深く・・・・・   辺りが暗闇に包まれてもまだ、そこを離れられない時がある。

今日の写真は、そんな夕暮れ時のものである。心が具象と抽象の間を、リアルと心象の間を行きつ戻りつしている。

 

 


今日は七夕様。すっかり忘れてしまっている。まだ梅雨明けの宣言は出されていないようだ。先週も雨と曇りの日が多かった。すでに棚田では「中干し」が始まっている。おじいちゃんたちに聞くと、この辺りでは「土用干し」と呼ばれることが多いらしい。かつては夏の土用の日を目安に田んぼの水を抜き始めたからだ。今年は7月19日が土用の日に当たるが、近年田植えの時期が早まったこともあって、「中干し」も早く行われるようになってきた。