奥比叡の里より「棚田日詩」 | DIARY

2026/01/01

明けましておめでとうございます!

「瑞雪迎春」とは、豊年を告げるおめでたい雪をもって春を迎えるという意味であるらしい。全体として縁起の良い、吉兆を表す言葉のようだ。

今日から始まる新しい年もぜひそうなって欲しいものである。何よりも平和、そして人々の暮らしが物質的にも精神的にも豊かになりますことを願わずにはおれません。本当に、心から願わずにはおれません。

今年一年も、淡々とボチボチと「棚田日詩」を綴ってまいります。お付き合いいただければ嬉しく思います。本年も宜しくお願い申し上げます。


* 先月の枯れた棚田に、一晩も雪が降り続けば今回のような風景になる。稲の切り株が雪に覆われ、白いお饅頭がいっぱい並んでいるように見えて面白い、美しい。

2025/12/30

感謝!!

明日で終わる2025年。一年間「棚田日詩」にお付き合いいただき心より御礼申し上げます。

国の農政が、米の増産と生産調整の間で揺れている。為政者の心の中に、山里の小さな小さな田んぼの風景は刻まれているのだろうか?

 

来る新しい年も皆様のご多幸をお祈りいたします。

* 今年は体調が悪く、田んぼの写真を全く撮れませんでした。来年は、新しい写真をいっぱい見ていただこうと思っています。後期高齢者の空元気でガンバリます!!

2025/11/09

ありがとう!!

「棚田日詩」150,000回の閲覧、心からの御礼を申し上げます。閲覧の70%が外国の方々によるものです。日本の観光地でもない農村風景に、どのような関心を持たれているのか?不思議でもあります。

 

今日の写真は、短い秋の終わりの陽光に誘われて撮った一枚です。これからも宜しくお願い申し上げます。

2025/10/19

秋めく棚田

田んぼは収穫も終わり、静かに秋を迎えている。朝夕の気温は、10月の2週目辺りから秋らしくひんやりとしてきた。今年は酷暑の夏が本当に長かったように思う。

棚田を見下ろす足元からは、虫たちの短い秋のコーラスが聞こえてくる。

今回も体調が思わしくなく、この辺りで失礼します。

2025/08/30

酷暑の中の残暑御見舞

今年の8月は風邪や何やかやで体調が悪く、月の半分くらいは寝込んでいた。そんなことで「棚田日詩」の更新も遅れ、月末になってしまった。

今日の写真は、稲刈りを待つだけの実りの棚田。土手に広がる緑のグラデーション、黄色に染まる稲穂、濃緑の針葉樹林、青い空に白い雲。一見すると初秋らしい美しい棚田風景である。

しかしよく見れば???である。「空」がおかしい。どう見ても初秋の空ではない。積乱雲が力強く湧き出る「夏」真っ盛りの空である。どうやらこの数年、夏のピークが盆明けの8月下旬にズレ込んできているように見える。今日の写真はそんな初秋の変化が写っているのかも知れない。

近年、毎年夏の異常さを感じてきたが、今年の異常さは一段とレベルが上がったようだ。しかも、この異常気象の進行速度は速い。その変化のスピードに日本の農作物や農業全体がついていけないようである。そんなニュースが毎日テレビに流れている。いつもお米を分けていただいている西村さんに聞くと「今年はお米の質も悪くなりそうだ」とのこと。前途が思いやられる。

 

殺人的な暑さ。まだまだ危険!  皆さま、くれぐれもご自愛ください。

2025/07/20

酷暑、ご用心!

今日は参議院選挙の投開票日。午後1時。余りの暑さにか、投票所は閑散としていた。米の消費者価格の高騰、自民党の退潮、トランプ関税等々、これまでの農政が大きく揺らいでいる。この地の棚田農業の先行きが心配だ。

 

太陽の直射の中にいると、暑いというより痛い!  日中の農作業、くれぐれもご用心!!

2025/06/11

初夏、6月の点景

今日の写真は、6月の初旬から中旬に掛けて撮影されたものである。

稲は種まき後60日ほどで分蕨(ぶんげつ)期に入る。稲の成長は、単純にその背丈を大きくしていくだけではない。その茎の根元から別の茎を繰り返し出しながら成長していく。これを分げつという。3枚目の写真は、その分げつ期の準備段階にある稲である。田んぼは浮草で覆われている。写真の田んぼがどうかは知らないが、自然農法では雑草の抑制を目的にこの浮草が活用されるらしい。

6月の棚田は、玉ねぎや蕪や小麦などの収穫の季節でもある。今日の写真は、梅雨を前にした爽やかな初夏の季節感を表したかった。

2025/05/18

35/13/140,000/30:70

今回のタイトルは数字だけが並んでいます。最初の35は、奥比叡の棚田と出会い、写真を撮らせていただくようになって今年で35年目という意味です。

次の13は、2012年に始めたホームページ「棚田日詩」がこの5月で13年目を迎えることができたという数字です。

140,000という数字は、その積み重ねてきた閲覧数です。この閲覧数は、特に宣伝をすることもなく、ただボチボチ・淡々と写真と文章を綴ってきた結果です。このホームページを始めた当初には、想像することもできなかった奇跡の閲覧数です。「不思議」「感謝」という言葉以外思いつきません。

30:70は、日本の方々と外国の方々との閲覧比率です。30%が日本の方々の閲覧です。この傾向は「棚田日詩」を始めてから余り変わらないのですが、最近は外国の方の閲覧比率が更に3~4%ほど伸びているようです。言葉ではなくても、何かが通じ合える喜びを感じます。

近年は、年間20,000回ほどの閲覧をいただいています。このホームページにお立ち寄りいただいた全ての方々に心からの御礼を申し上げます。

私は今年75歳となりました。いつまで続けられるか分かりませんが、皆様の閲覧を励みに今少し頑張ってみようと思います。本当にありがとうございました!

2025/04/23

美しい棚田。多難の棚田。

四月の棚田は、初旬と下旬とでその相貌を大きく変えていく。中旬辺りから徐々に田んぼに水が引かれ始め、下旬になると辺りは水の大地へと変貌していく。今日の写真は丁度今頃のもので、まばゆいばかりの柿の木や雑木林の新緑が美しい。

政府の備蓄米が放出されたにもかかわらず、米の価格は下がらず最高値を更新している。かといって、生産者が儲けているような話も聞かない。またトランプ関税の嵐の中で、アメリカからはコメの輸入拡大の圧力が強まっている。こうした状況の中で、米が不足しているなら輸入を拡大すればいいなどといった本末転倒の話しも聞かれるようになってきた。残念ながら日本の戦後は、自動車を守るためにいつも農業に犠牲を強いてきた歴史だったように思う。他方、恐らくこれは温暖化の兆候なのだろうが、四月だというのに夏日を示す観測地点が日本中に広がっている。多難の農業。更に多難の棚田農業。

2025/03/31

春爛漫

今年の冬から春にかけては、やはり異常気象だったように思う。夏日のような日があったかと思うと、突然雪が降りだしてくる。異常と言っても、今まで以上の異常さだったように思う。それでも、農家の庭先は春爛漫。カメラを構える私の心の中にも花が咲き乱れていくような気がした。

よく見れば足元も春爛漫。それが下の写真である。イヌノフグリの青く可憐な花々の中に落とし物が一つ。近年、仰木と伊香立を結ぶ立派な二車線道路(私は棚田街道と呼んでいる)が開通した。それに伴って他府県ナンバーの車も多く通るようになってきた。心なしか、道路沿いでは落とし物が増えてきたように感じている。

2025/02/23

恋心

今日の写真は、私の大好きな「農具小屋」です。しばし写真をご覧ください。文章は後日。


文章、遅くなりました・・・・・

言うまでもなく農具小屋は、農作業に必要な道具などを仕舞っておく納屋のことである。私の写真を見ていただいてもお分かりいただけるように形は大小様々で、どれ一つとして同じものはない。個性的でもある。こうした手作りの農具小屋が、私の写真のなかである種の温もりのようなものを与えてくれているのではないかと思っている。

 

手作りの農具小屋は、棚田のそこかしこに点在している。平地の田んぼ地帯と比べれば、その数も圧倒的に多い。私はこの状況こそ、この地の棚田農業の生産性の低さ・厳しさを象徴しているのではないかと思ってきた。かつておばあちゃんから聞かされた話がある。恐らく今から6~70年前のことである。「私が嫁に来た頃は、朝早ようから旦那と一緒に山の麓にある田んぼまで行って、日が暮れる頃に家に帰って来ていた」という。自宅から田んぼまでは少なからぬ距離がある。しかも高低差の激しい山道のような農道である。道具を持ち歩くにはちょっとシンドイ。何か忘れたからといって家に取りに帰るには1時間以上も掛かってしまう。こんな事情があちこちに農具小屋を点在させてきたのではないかと思っている。もっとも近年は農業の機械化と軽トラックの大活躍という事情の中で、農具小屋もその役割を徐々に終えてきているのではないかと思っている。とはいえ、身近にある材料を駆使して作り上げられた農具小屋、長い年月の風雪に耐えた趣のある農具小屋、それが年々少なくなっていくのを見るのは、私にとっては少し辛いことではある。

どんな写真にも、そこに写っているモノ(人)とそれを写すカメラマンとの関係性、距離感というものが写っている。今日の農具小屋の写真にも、私との関係性・距離感というものが写っていると思っている。私と奥比叡の棚田との関係性や写真を撮り始めた動機のようなものは「自然音痴の棚田日詩」「農業音痴の棚田日詩」などでも書いてきた。そこでは、この地の棚田風景への「恋心」が書かれている。その「恋心」が私と奥比叡の里との関係性・距離感を作り出していると思っている。奥比叡の里と出会って35年になる。私の写真に今もその「恋心」は写っているだろうか?

2025/01/26

明けまして、里山

今森さん

のアトリエで

新年のパーティーが行われた。

今森さんを囲んで、それぞれの分野で

「得意」をお持ちの方々が、

40名ほど参加されていた。

今森さんの周りでは、ごく自然に

冬の生きもの観察会が行われ

子どもたちの楽し気な声が響いていた。

音楽が得意な人たち、自然や

日本の文化に関心のある人たち、

等々、等々・・・・

話し合いの輪が、そこかしこに

できあがっていた。

私は、というと

この歳になっても

人見知りが抜けないので、今日のような

写真を撮らせてもらっていた。

人が楽しんでいる風景を

撮るのはいつでも楽しいものだ。

雑木林の向こうに月が出てもなお、

話しが尽きることはなかった。

今森さんの奥さん、後片付けや

裏方にまわっていただいた皆さん、

楽しい時間をありがとう!!

2025/01/01

今日の写真は30年ほど前のものです。もちろんフィルムで撮っています。それを20年ほど前、コダックでデジタル化してもらったものです。今ではスマホで写真を撮る時代。隔世の感がしています。

明けましておめでとうございます

1990年に奥比叡の棚田を撮らせていただくようになって、今年で36年目を迎えます。ホームページ「棚田日詩」を始めてからは14年目となります。少し長くやってきたのかなとは思いますが、何か特別な感慨があるわけではありません。これまで通り、ボチボチ・コツコツ・淡々と棚田散歩を続けていこうと思っています。ヘタクソでダメダメな文章と相変わらずの素人写真ですが、続けることにも多少の意味があるのかなとも思っています。

ただ最近、二度にわたって腰椎の手術をしたためか、めっきり足腰が弱ってきています。そんなことが影響しているのか、あるいは単に歳のせいなのか、これまで見過ごしてきたような普通の風景が妙に美しく感じるようになってきました。これからの写真には、そんなジジイ?の感動が写ってくれることを願っています。

今年も奥比叡の里山から多くの感動が得られますように、そして世界が平和で、全ての人々が健やかで幸せに過ごされることを心から願っております!

2024/12/15

耕作放棄地

今日の写真は、数年前から耕作放棄地となっている棚田の様子。やや右上に見える黒い木は、ここに残された柿の木である。人の手が入らなくなった田んぼ。棚田の土手を覆いつくす「枯れススキ」が風に揺れながら輝いていた。現状では、いずれ山に戻っていくしかないのだろうと思っている。

かつてここには、山から棚田を切り拓き、水路を巡らせてきた人々がいた。暑い日も寒い日も黙々と米作りに精を出す人々がいた。この「枯れすすき」の向こうにそんな人々の姿が見えたような気がした。

今年も早や師走。この一年、「棚田日詩」をご覧いただいた全ての皆様に感謝と御礼を申し上げます。2025年は、何よりも平和を願います。そして、全ての皆様のご健康とご多幸をお祈り致します!