奥比叡の里より「棚田日詩」 | 未分類

2026/03/08

 「畔塗り」をされているところ。畔塗りとは、モグラなどによって開けられた畔の穴を、田んぼの土を使ってきれいに塞いでいく作業のことである。これによって、田んぼの水漏れが防がれる。田植えまでの大切な準備作業の一つである。田んぼの淡い"緑"が、春の訪れを告げている。

ありがとうございます‼

160,000回の閲覧、心からの御礼を申し上げます。

「棚田日詩」を始めた個人的な動機は三つありました。

一つは、40歳前に生まれてきた一人息子と、私の死後もこのホームページを通じて会話を続けていければいいなぁと思ったからです。

もう一つは、文章などはほとんど書いたことのない私が、このホームページを通じて、「書く」ということを少し学べないかと思ったことです。正に「60の手習い」という覚悟で始めました。

最後の一つは、溜まりに溜まったフィルムとパソコンの中の写真をこの機会に何とか整理できないかと思ったからです。

一人息子が「棚田日詩」を見てくれているかどうかは知りません。恐らく全く関心がないのではないかと思っています。私の死後に見てくれれば十分です。

溜まったフィルムや写真のデータの整理は、今現在全く出来ておりません。これから?!だと思っています。

もう一つの動機である「文章を書く」ということに関しては、ヘタクソではありますが、ある程度できたのではないかと思っています。文章を書いて知る棚田・里山は、写真という視覚情報から得られるものとは全く違う発見・驚き・面白さに満ちていました。風景というものを言葉で見ることの大切さを教えてもらったような気がします。

いずれにしても2012年5月に始められた「棚田日詩」。当初は数十人の人にしか知らせていませんでした。また特別な宣伝というものも、「棚田日詩」の名刺を配る以外してきませんでした。「他の媒体を使って宣伝してみたら?」という助言などもいただいてはいたのですが、そもそも他の媒体の使い方がよく分からないという情けない状態で今日まで来ています。

検索エンジンで「滋賀県・棚田」「大津市・棚田」と引いても、「棚田日詩」が出てくることはありません。検索エンジンの奥深く、人知れずに潜っているローカルコンテンツです。

そんな「棚田日詩」が160,000回も見ていただけるなど、私自身想像することすらできませんでした。NETの不思議というより他ありません。ここに重ねて御礼を申し上げます‼

この「棚田日詩」は、ライフワークとして始めました。棚田や里山といったところの魅力を少しでもお伝えすることが出来たのなら幸いです。

これからもボチボチ・コツコツ・淡々と「棚田日詩」を綴っていこうと思っています。できれば更に多くの方々の閲覧をお待ちしています。

2026/02/21

2月の大雪

今年の冬の気象状況を大雑把に言うと、裏日本は豪雪、表日本は乾燥といった状況が続いている。裏日本は、線状降水帯の豪雨が雪に変わったような格好だ。対して表日本の雨が降らない所では、ダムの底が露呈し、節水規制が掛かるような状況になっている。

ここ奥比叡の里は、地理的に見ると丁度その境目にあるような所である。1月はほとんど雪が降らなかった。今年はもう降らないのかと思っていたら、2月の7~8日に掛けて棚田が真っ白になるほどの大雪が降った。久しぶりである。もっとも大雪といっても、高々10㎝から30㎝程度しか積もらない。

それでも白く染まった裏山と棚田を見ると、昔のおじいちゃんやおばあちゃんと同じように「今年は美味しいお米がたくさんできますように!」と願わずにはいられない。

2026/01/12

写真展「今森光彦 にっぽんの里山を旅する」

1月10日、私の妻の智子さんの誕生祝いも兼ねて、

今森光彦さん 写真展に行ってきました。

その日は今森さんのギャラリートークもあって、

多くの人々が熱心にお話を聞いておられました。

それが下の写真です。

今森さんが日本全国の里山を訪ねてみたいと思われて、

旅を始められたのが2008年3月。

以来、この写真展を開催されるまで19年。

北の北海道から南の西表島辺りまで、

ジープ型SUV3台を乗り潰すほどの

過酷な旅となったそうだ。

お話を聞いているだけで、気が遠くなる作業、

日々の積み重ねであったと容易に想像される。

「里山」という強固な目的意識なしに

完遂できるプロジェクトではない。

恐らく今森さんだからこそ成し得た

「偉業」だと思っている。


写真展を進んでいくにつれて

妻と二人で「すごいねぇ! すごいねぇ!!」と

感嘆しきり。

日本列島2000年の原風景が

確かにそこにあったように思った。

今森さん曰く、

「日本全国200カ所を超える里山を訪ねてきたが、

改めて考えてみると、日本列島は、

個性的な里山の風景が

繋がりあってできているのだな、

とつくづく感じる。

美しいにっぽんの里山が

点ではなく

途切れることのない面となって

広がってゆくことを願わずにはいられない」

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今森さんの、19年にも及ぶ里山探訪の歴史が

この言葉の中に凝縮されているように思った。





写真展の詳細はここをクリックしてください

2026/01/01

明けましておめでとうございます!

「瑞雪迎春」とは、豊年を告げるおめでたい雪をもって春を迎えるという意味であるらしい。全体として縁起の良い、吉兆を表す言葉のようだ。

今日から始まる新しい年もぜひそうなって欲しいものである。何よりも平和、そして私も含めて、人々の暮らしが物質的にも精神的にも豊かになりますことを願わずにはおれません。本当に、心から願わずにはおれません。

今年一年も、淡々とボチボチと「棚田日詩」を綴ってまいります。お付き合いいただければ嬉しく思います。本年も宜しくお願い申し上げます。


* 先月の枯れた棚田に、一晩も雪が降り続けば今回のような風景になる。稲の切り株が雪に覆われ、白いお饅頭がいっぱい並んでいるように見えて面白い、美しい。

2025/12/30

感謝!!

明日で終わる2025年。一年間「棚田日詩」にお付き合いいただき心より御礼申し上げます。

国の農政が、米の増産と生産調整の間で揺れている。為政者の心の中に、山里の小さな小さな田んぼの風景は刻まれているのだろうか?

 

来る新しい年も皆様のご多幸をお祈りいたします。

* 今年は体調が悪く、田んぼの写真を全く撮れませんでした。来年は、新しい写真をいっぱい見ていただこうと思っています。後期高齢者の空元気でガンバリます!!

2025/11/09

ありがとう!!

「棚田日詩」150,000回の閲覧、心からの御礼を申し上げます。閲覧の70%が外国の方々によるものです。日本の観光地でもない農村風景に、どのような関心を持たれているのか?不思議でもあります。

 

今日の写真は、短い秋の終わりの陽光に誘われて撮った一枚です。これからも宜しくお願い申し上げます。

2025/10/19

秋めく棚田

田んぼは収穫も終わり、静かに秋を迎えている。朝夕の気温は、10月の2週目辺りから秋らしくひんやりとしてきた。今年は酷暑の夏が本当に長かったように思う。

棚田を見下ろす足元からは、虫たちの短い秋のコーラスが聞こえてくる。

今回も体調が思わしくなく、この辺りで失礼します。

2025/08/30

酷暑の中の残暑御見舞

今年の8月は風邪や何やかやで体調が悪く、月の半分くらいは寝込んでいた。そんなことで「棚田日詩」の更新も遅れ、月末になってしまった。

今日の写真は、稲刈りを待つだけの実りの棚田。土手に広がる緑のグラデーション、黄色に染まる稲穂、濃緑の針葉樹林、青い空に白い雲。一見すると初秋らしい美しい棚田風景である。

しかしよく見れば???である。「空」がおかしい。どう見ても初秋の空ではない。積乱雲が力強く湧き出る「夏」真っ盛りの空である。どうやらこの数年、夏のピークが盆明けの8月下旬にズレ込んできているように見える。今日の写真はそんな初秋の変化が写っているのかも知れない。

近年、毎年夏の異常さを感じてきたが、今年の異常さは一段とレベルが上がったようだ。しかも、この異常気象の進行速度は速い。その変化のスピードに日本の農作物や農業全体がついていけないようである。そんなニュースが毎日テレビに流れている。いつもお米を分けていただいている西村さんに聞くと「今年はお米の質も悪くなりそうだ」とのこと。前途が思いやられる。

 

殺人的な暑さ。まだまだ危険!  皆さま、くれぐれもご自愛ください。

2025/07/20

酷暑、ご用心!

今日は参議院選挙の投開票日。午後1時。余りの暑さにか、投票所は閑散としていた。米の消費者価格の高騰、自民党の退潮、トランプ関税等々、これまでの農政が大きく揺らいでいる。この地の棚田農業の先行きが心配だ。

 

太陽の直射の中にいると、暑いというより痛い!  日中の農作業、くれぐれもご用心!!

2025/06/11

初夏、6月の点景

今日の写真は、6月の初旬から中旬に掛けて撮影されたものである。

稲は種まき後60日ほどで分蕨(ぶんげつ)期に入る。稲の成長は、単純にその背丈を大きくしていくだけではない。その茎の根元から別の茎を繰り返し出しながら成長していく。これを分げつという。3枚目の写真は、その分げつ期の準備段階にある稲である。田んぼは浮草で覆われている。写真の田んぼがどうかは知らないが、自然農法では雑草の抑制を目的にこの浮草が活用されるらしい。

6月の棚田は、玉ねぎや蕪や小麦などの収穫の季節でもある。今日の写真は、梅雨を前にした爽やかな初夏の季節感を表したかった。

2025/05/18

35/13/140,000/30:70

今回のタイトルは数字だけが並んでいます。最初の35は、奥比叡の棚田と出会い、写真を撮らせていただくようになって今年で35年目という意味です。

次の13は、2012年に始めたホームページ「棚田日詩」がこの5月で13年目を迎えることができたという数字です。

140,000という数字は、その積み重ねてきた閲覧数です。この閲覧数は、特に宣伝をすることもなく、ただボチボチ・淡々と写真と文章を綴ってきた結果です。このホームページを始めた当初には、想像することもできなかった奇跡の閲覧数です。「不思議」「感謝」という言葉以外思いつきません。

30:70は、日本の方々と外国の方々との閲覧比率です。30%が日本の方々の閲覧です。この傾向は「棚田日詩」を始めてから余り変わらないのですが、最近は外国の方の閲覧比率が更に3~4%ほど伸びているようです。言葉ではなくても、何かが通じ合える喜びを感じます。

近年は、年間20,000回ほどの閲覧をいただいています。このホームページにお立ち寄りいただいた全ての方々に心からの御礼を申し上げます。

私は今年75歳となりました。いつまで続けられるか分かりませんが、皆様の閲覧を励みに今少し頑張ってみようと思います。本当にありがとうございました!

2025/04/23

美しい棚田。多難の棚田。

四月の棚田は、初旬と下旬とでその相貌を大きく変えていく。中旬辺りから徐々に田んぼに水が引かれ始め、下旬になると辺りは水の大地へと変貌していく。今日の写真は丁度今頃のもので、まばゆいばかりの柿の木や雑木林の新緑が美しい。

政府の備蓄米が放出されたにもかかわらず、米の価格は下がらず最高値を更新している。かといって、生産者が儲けているような話も聞かない。またトランプ関税の嵐の中で、アメリカからはコメの輸入拡大の圧力が強まっている。こうした状況の中で、米が不足しているなら輸入を拡大すればいいなどといった本末転倒の話しも聞かれるようになってきた。残念ながら日本の戦後は、自動車を守るためにいつも農業に犠牲を強いてきた歴史だったように思う。他方、恐らくこれは温暖化の兆候なのだろうが、四月だというのに夏日を示す観測地点が日本中に広がっている。多難の農業。更に多難の棚田農業。

2025/03/31

春爛漫

今年の冬から春にかけては、やはり異常気象だったように思う。夏日のような日があったかと思うと、突然雪が降りだしてくる。異常と言っても、今まで以上の異常さだったように思う。それでも、農家の庭先は春爛漫。カメラを構える私の心の中にも花が咲き乱れていくような気がした。

よく見れば足元も春爛漫。それが下の写真である。イヌノフグリの青く可憐な花々の中に落とし物が一つ。近年、仰木と伊香立を結ぶ立派な二車線道路(私は棚田街道と呼んでいる)が開通した。それに伴って他府県ナンバーの車も多く通るようになってきた。心なしか、道路沿いでは落とし物が増えてきたように感じている。

2025/02/23

恋心

今日の写真は、私の大好きな「農具小屋」です。しばし写真をご覧ください。文章は後日。


文章、遅くなりました・・・・・

言うまでもなく農具小屋は、農作業に必要な道具などを仕舞っておく納屋のことである。私の写真を見ていただいてもお分かりいただけるように形は大小様々で、どれ一つとして同じものはない。個性的でもある。こうした手作りの農具小屋が、私の写真のなかである種の温もりのようなものを与えてくれているのではないかと思っている。

 

手作りの農具小屋は、棚田のそこかしこに点在している。平地の田んぼ地帯と比べれば、その数も圧倒的に多い。私はこの状況こそ、この地の棚田農業の生産性の低さ・厳しさを象徴しているのではないかと思ってきた。かつておばあちゃんから聞かされた話がある。恐らく今から6~70年前のことである。「私が嫁に来た頃は、朝早ようから旦那と一緒に山の麓にある田んぼまで行って、日が暮れる頃に家に帰って来ていた」という。自宅から田んぼまでは少なからぬ距離がある。しかも高低差の激しい山道のような農道である。道具を持ち歩くにはちょっとシンドイ。何か忘れたからといって家に取りに帰るには1時間以上も掛かってしまう。こんな事情があちこちに農具小屋を点在させてきたのではないかと思っている。もっとも近年は農業の機械化と軽トラックの大活躍という事情の中で、農具小屋もその役割を徐々に終えてきているのではないかと思っている。とはいえ、身近にある材料を駆使して作り上げられた農具小屋、長い年月の風雪に耐えた趣のある農具小屋、それが年々少なくなっていくのを見るのは、私にとっては少し辛いことではある。

どんな写真にも、そこに写っているモノ(人)とそれを写すカメラマンとの関係性、距離感というものが写っている。今日の農具小屋の写真にも、私との関係性・距離感というものが写っていると思っている。私と奥比叡の棚田との関係性や写真を撮り始めた動機のようなものは「自然音痴の棚田日詩」「農業音痴の棚田日詩」などでも書いてきた。そこでは、この地の棚田風景への「恋心」が書かれている。その「恋心」が私と奥比叡の里との関係性・距離感を作り出していると思っている。奥比叡の里と出会って35年になる。私の写真に今もその「恋心」は写っているだろうか?