奥比叡の里より「棚田日詩」 | 強欲代官

2013/06/09

強欲代官

油に汚れ、所々穴の開いた軍手。それが田んぼの中に沈んでいた。どんな仕事をすればこんな穴が開いてしまうのか?  そんな疑問がこの写真を撮らせた。時期的に見て、恐らく棚田の土手や畦の草刈りではないのか? などと考えながらカメラを構えていると、小さな生き物が軍手に近づいてくるのが見えた。急遽、その小さな生き物にピントを合わせてシャッターを切った。

この写真は15年以上も前のものである。当時この水生昆虫の名前が分からず、自宅に帰って図鑑で調べてみた。ゲンゴロウであった。もう少し厳密にいうと、シマゲンゴロウという種だそうだ。「なんだ、ゲンゴロウの仲間だったのか」と少し拍子抜けした。というのは、私の子供の頃には都会の工事現場の水溜りにでもいたようなポピュラーな水生昆虫だったからである。そのポピュラーだった昆虫が、今、準絶滅危惧種に指定されている。

漢字で書けば「源五郎」、どう見ても人の名前である。落語に出てくるどこかユーモラスな人物をイメージした。それが不思議でネットで調べてみることにした。やはりネットにはあるものである。「杜の日記」というブログに面白いことが書かれていた。全文引用させていただくことにした。

『ゲンゴロウの語源については二説がある。一つは民話。むかし、貧しいが親孝行な少年がいた。自分は木の実を食べながら病気の母を看病していた。ある日、木の精霊が少年を憐れみ打ち出の木槌をくれる。それは人を助けるために振ればいくらでも金を産むが、欲のために振れば体がだんだん小さくなるという不思議な木槌だった。少年はそれで小判を振り出し、高価な薬を買って親の病気を治した。この噂が評判になると強欲な代官の源五郎が木槌を取り上げてしまった。ある日、代官の姿が見えなくなった。怪しんだ村人が代官屋敷に行ってみると小判の山の下から一匹の虫が這い出してきた。我欲のために木槌を使った代官は体がだんだん小さくなり、遂に虫になってしまったのだ。それ以来、村人はこの虫を源五郎と呼ぶようになったとさ。

もう一つ、この虫が琵琶湖に棲む源五郎鮒の幼魚を好んで食べるからだという説もある。では源五郎鮒の語源は? ・・・これも民話が謂れとなっている。源五郎という男が天狗に貰った豆を蒔くと、天まで届く大木になる。男はそれを登って天に行き、雷と出合って雨を降らせる手伝いなどをする。ところが雨を降らせ過ぎてできた琵琶湖に落ちて鮒に変身してしまう。これが源五郎鮒というわけ 』

源五郎さんは人のいいおじいちゃんかと思っていたら、なんと強欲代官だったとは思いもしなかった。ひょっとすると、彼らの体型が小判を想像させたのかもしれない。いずれにしてもこの地球上で、強欲な生き物は人間だけだと思っていた。人間のような財産や所有というもののない昆虫たちの世界に強欲はない。彼らは、生き、そして子孫を残すために必要なものだけを求めている。実に慎ましやかな存在である。だからどうしてこの虫が強欲代官と結びついたのか?  少し申し訳なくもあり、可哀そうでもある。

土曜日の夕方、稲の分げつ(茎の増殖)の進み具合を見に行くと、「守り人の会」主催の自然観察会が行われていた。虫取り網で田んぼの水と泥をすくう度に、棚田のあちこちで子どもたちの歓声が響いていた。わずかな時間の間に多くの水生昆虫が小さな水槽の中で泳ぎ始めた。ホウネンエビやザリガニ、トンボのヤゴやオタマジャクシ、ドジョウやこのシマゲンゴロウも元気に泳いでいた。あっという間に20種類ほどの生き物たちが見つかった。改めて田んぼは生命のゆりかごだと実感させられた。夜はホタルの観賞会。気温は17℃、少し寒かったのか、あるいは時期的にずれていたのか、数は多くなかった。それでも、ホタルの小さな灯が川面にも映り、点滅する光跡をいつまでも追いかけていた。

 

上の写真は、オタマジャクシが気持ちよさそう?かどうかは分からないが、日射しを浴びた水田の中を泳いでいるところ。下の写真はパニック写真である。田んぼの水が抜けていくと、所々のくぼみに水が残される。この写真は、ザリガニやオタマジャクシ、巻貝のようなものも、わずかに残された水を求めて必死になって集まってきているところである。普段のザリガニとオタマジャクシの間に「食べる・食べられる」の関係があるのか知らないが、この時ばかりはそんなことも言っておられない様子で、一つの水溜りに仲良く?緊急避難となっている。1時間ほどこの様子を眺めていたが、ザリガニはオタマジャクシを食べようとするそぶりを一度も見せなかった。今この写真のように、水が抜けて土が顔を出している田んぼが増えてきている。水田の中の小さな生き物にとっては、しばらく受難の時が続きそうである。棚田  滋賀県  仰木  棚田米  里山

「平尾  里山・棚田守り人の会」主催の自然やホタルの観察会の詳細については、下記をご参照ください。

http://oginosato.jp/moribitonokai/ownernissi/2013/06/201368-1.html

https://www.facebook.com/pages/%E5%B9%B3%E5%B0%BE-%E9%87%8C%E5%B1%B1%E6%A3%9A%E7%94%B0%E5%AE%88%E3%82%8A%E4%BA%BA%E3%81%AE%E4%BC%9A/413397602055631