奥比叡の里より「棚田日詩」 | 田んぼは何もないところ?

2021/02/24

田んぼは何もないところ?

先般、コロナ禍における聖火リレーの在り方について「人気タレントは人が集まらないところ、例えば田んぼを走るしかないんじゃないか」といった東京五輪パラリンピック大会組織委員会会長(当時)の発言がマスコミで取り上げられていた。この発言に対して、あるタレントさんは「農家の人たちにも失礼」といった批判をされていた。ということもあってか、「基本的には密を避けてほしい」「何もないところであれば田んぼで走るしかないね」という釈明会見が行われることとなった。

ところで、田んぼは本当に「何もないところ」なのだろうか? 言うまでもなく田んぼは、お米を作る所である。お米は古くから日本人の主食であり、日本人の身体を作り、日本人の働くエネルギーを生み出してきた食べ物である。日本の歴史も、日本の社会も、日本の文化も、そして日本人としての意識も、更には日本の自然環境も、コメ作り、農耕との関係なしには存在してこれなかったのではないのだろうか?  と思っている。

そうした田んぼや農村や田舎といった所に対する愛情や敬意、今風に言えばリスペクトといったものが、先の会長発言には少し足りなかったように思われる。残念なことである。

明治以後の日本は、工業・商業を中心とした国造りを目指してきた。維新から数えてわずか40年ほどで工業は農業の生産高を超えるようになった。20世紀初頭のことである。現在から逆算すればほんの110年ほど前までは日本は農業国であったともいえる。明治から現代まで、都市は農村の労働力を吸収しつつ巨大化してきた。反対に農村は、殊に戦後の農地改革や農業の機械化、兼業化等々によって農業人口は急速に減少し、過疎化してきた村々も多い。

都市の巨大化、農村の過疎化。この一対の現象の中にあって、巨大都市の人々の食べるを支えてきたのは農村である。それは、今も昔も変わらない。

恐らく日本人の中にある農業や農村、田舎といった所に対する軽視、時に蔑視は、日本の近代化、殊に工業や商業を中心にした国づくりと無関係ではないのではないだろうか。

先の田んぼや農村に対する会長発言も、それほど深く考えられてのものではないのではないか?  特別に意識することもなく、何の疑問も持たれずについつい口をついて出てしまったのではないのだろうか?  殊更意識せずに出てくる心理。私は、こうした心理は社会や歴史の中のかなり深い所にその根があるのではないかと思っている。

私は、会長発言を他人事のように「けしからん!」と言うつもりはない。恐らく私も会長とあまり変わらない意識で人生を積み重ねてきたのではなかったのか。殊に奥比叡の棚田と出会うまでは、農村軽視、無視、蔑視も甚だしかった。

田んぼや農業、農村や田舎といった所が私たち日本人にとってどのような意義のある所なのか? 殊に都会に住む多くの人々とどのような繋がりをもって存在してきたのか?  会長発言が、そんなことを考える切っ掛けになって欲しいと願っている。

私は、田んぼを何もないところとしてではなく、日本人の命を支え、日本の自然環境や文化を生み出し、日本そのものを作り出してきた所として、そしてそうした考えをバックボーンとして「棚田日詩」を綴ってきたつもりである。また私の農業観の変化なども書かせていただいてきた。(「はじめまして」「農業音痴の棚田日詩」 他をご参照ください)

田んぼは、本当に何もない所ですか?