奥比叡の里より「棚田日詩」 | 2013 | 1月

2013/01/27

道しるべ

小降りになったとはいえ、昨夜来の雪が降リ続いていた。雪に埋もれかけたローソクは、ここ数日の間にこの辺りで葬儀のあったことを物語っていた。この村ではどなたかが亡くなると、その通夜の晩に、ご親族や村人たちが御先祖のお墓にまで行って祈りを捧げる。村からお墓までの間には少しの距離がある。棚田の中の曲がりくねった細道を抜けて行かなければならない。真っ暗闇の中、要所々々にこのローソクが灯される。それが、ご家族や友人たちの道しるべとなっている。どなたの葬送の灯りを燈していたのか知る由もないが、「お疲れさまでした」という言葉とともに静かにシャッターを落とした。滋賀県  仰木  棚田  棚田米  里山

 

「奥比叡の山には、7つの大きな谷が刻まれているんや。その谷ごとに仰木や伊香立などの村々がある」 今から20年ほど前、おじいちゃんからこんな話を聞かされたことがある。なるほど奥比叡の村々は、隣村に行くにしても少し大げさな表現をすれば「山越え谷越え」で行くか、一旦琵琶湖の湖岸にまで出て、大きく迂回して行くかの二つしかない。今でこそ、立派な農道で村々が繋がっているが、車社会になる前は、ちょっとした時間と汗をかかなければ隣村に行くことはできなかった。そのせいか、言葉遣いや生活習慣、伝統や文化といったものも、谷ごとに微妙に違うように思われる。

上のローソクの写真、こうした燭台が棚田の道沿いに何本も立てられている風景は、この村以外に見たことがない。仰木からの直線距離にすればそんなに遠くにある村ではないが、こんなところにも風習や文化の微妙な違いが現れているのかも知れない。

2013/01/20

奥比叡おろし

冬の京都には「比叡颪(おろし)」という風が吹く。京都の寒さを一層厳しくする比叡山からの吹き下ろしの北風である。滋賀県の湖西地区では、「比良八荒」という比良山地から琵琶湖に向けて吹き下ろされる有名な季節風がある。こちらは、JR湖西線の貨物列車を転覆させたことがあるほどのとんでもない強風である。「比叡颪」と「比良八荒」の丁度中間あたりにある奥比叡の冬の季節風を何と呼べばいいのだろうか? さしあたり「奥比叡おろし」と呼んでおこう。さて今日は、その奥比叡おろしの中で撮った写真である。

 

これは数年前の1月中頃の雪景色である。一枚目と三枚目、煙のように舞い上がっているのは、一旦田んぼの上に降り積もった雪が強風によって舞い上げられている所である。ブリザードである。10mは吹き上げられているだろうか。しかし不思議なことに、どこの場所でも平均的に強風が襲ってくるというわけではない。風にも地形に沿った通り道があるようだ。

二枚目の写真は、強風に引きちぎられそうになりながらも健気に堪えている雑草たちである。少し濃く縞模様に見えるのは、雪の積もった数段の棚田の土手を正面から見ているからである。最後の写真は、強風の去った田んぼの雪の上に描かれた風紋である。

奥比叡では、冬場だけではなく、年に数度、台風は別にして強風に襲われることがある。それでも最初の写真に見られるように、雑木の林や竹林が優しくその風を和らげてくれているのかもしれない。滋賀県  仰木  棚田  棚田米  里山

2013/01/13

畝と雪と光と影と

今週は、雪の降り積もった田んぼの畝の造形美です。これも美しい農村風景の一つの断片です。何か特殊なテクニックを使って撮影しているわけではありません。棚田に落ちた光と影をストレートに撮っているだけです。雪が青く写るのは、日陰にある雪が青空を反射しているからです。

私は京都の中心街で育ったため、農村との直接的な関わりは薄かったと言わなければなりません。そのせいか、多くの日本人が共有する「農村(ふるさと)に対する郷愁」といった感情が薄いように思われます。そうした感情で、カメラを向けるということもほとんどありませんでした。恐らく、外国の人が奥比叡の農村を初めて見た時に感じる感動に近いようにも思います。私の写真は、都会で育った人間の目から見た農村風景です。どちらかというと、演歌ではなく、POPな感覚で農村風景を見て来たようです。

 

雪の降り積もった日の棚田は、さすがに人影は少ない。静かな時が田んぼの上を流れていく。都会で働いていると、何とも贅沢な至福の時である。一番上の写真は、雪の上に顔を出す稲のヒツジと小さな凹凸が可愛らしかった。二枚目・三枚目は、畝の一部分だけに光が当たっていた。四枚目は畝に雑木の影が落ちているところである。

私の写真は、いつ・どこどこで撮ったという記録性・具体性は薄い。少し山里の農村であるのなら、どこででも撮れるような写真である。今回の写真もその中の一つである。一枚一枚を個別に見れば、何を撮っているのかすら分からない。「こんな田んぼの美しさもありますよ」ということを知っていただきたくて、あえて抽象的な写真を提案してみることにした。こうした写真がどのように受け止められるのか? 少し心配だが、楽しみでもある。滋賀県  仰木  棚田  棚田米  里山

2013/01/06

雪の奥比叡

今日田んぼに出てみると、既に今年最初の農作業が始まっていた。農道を行き交う軽トラック、遠くで棚田の土手の野焼きの煙が立ち上っていた。

さあ「棚田日詩」も「ガンバルゾ!!」と言ってみたところで、私の水準を超えて良いものができるわけでもありません。今年一年、ボチボチとお付き合いください。

 

この1月・2月は、奥比叡の雪景色を中心にお届けしたいと思っています。白い棚田は、他の季節では見ることのできない姿を現してくれます。滋賀県  仰木  棚田  棚田米  里山

ちなみにこの農具小屋は、5月6日・12月30日のものと同じものです。平尾の棚田風景の中で、一番お世話になってきた農具小屋です。春には、また違った姿をお見せできるかと思っています。

2013/01/01

明けましておめでとうございます

2年を一区切りと考えて始めた「棚田日詩」です。ようやく7ヶ月が過ぎました。この7ヶ月、これまでの6?年の間に書いてきた文章よりも更に多くの文章を書いてきたように思われます。あと17ヶ月、私の貧しい能力からすると先の遠さに少し途方に暮れています。それでも、文章を書くことによって、「ことば」を使ったからこそ見えてくる風景もあるのだということを体験をさせてもらいました。それはそれで新鮮な感動でした。

とにかくあと17ヶ月、その前に立ちはだかる?今年の12ヶ月、空元気でもいいからこの一年を頑張っていこうと思っています。今年も宜しくお願い申し上げます。そして、美味しい奥比叡の棚田米をぜひ食べていただきますことを重ねてお願い申し上げます。

 

今年もまた奥比叡の大地に豊かな恵みがもたらされることを、そして皆様のご多幸を心から願っています。

 

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柿の木が一本、寒風の中に佇んでいた。この木は、11月11日の雲の浮かぶ柿の木と同じものである。どんな力が加えられたのか、幹の途中から大きく裂けている。それでも生きて子を残そうと、毎年朱い実を稔らせてきた。その生命の力に心が揺れた。滋賀県  仰木  棚田  棚田米  里山