奥比叡の里より「棚田日詩」 | 2017 | 3月

2017/03/22

桃の花

 ♪あかりをつけましょ ぼんぼりに    お花をあげましょ 桃の花・・・

これは、童謡「うれしい  ひなまつり」(作詞:サトウ ハチロー)の冒頭部分である。

日本人にとって、雛祭りと桃の花は一対のものである。古くから桃の木は、魔除けや邪気を払う力があると信じられてきた。鬼退治に出かける「桃太郎」は、その延長線上での命名ではなかったのか?  桃の木には、百歳(ももとせ)生きるという不老長寿の願いも込められてきたようだ。代々、娘の幸せを桃の木に託して、雛祭りに添えらてきたのであろう。

現代の雛祭に飾られるのは、ほとんどが造花の桃の花になっている。この時期、桃の花が咲いていないからである。桃の開花期は、3月の下旬から4月の中頃辺りまでである。今よりも一月ほど遅かった旧暦の3月3日は、満開の桃の花に包まれていたはずである。正に、桃の節句であった。

今日の写真は、今から25年ほど前のものである。毎年、見事な桃の花を咲かせる農家のお庭があった。この家の主は、一人娘の誕生を祝い、彼女の幸せを願って桃の木を植えた。その木の成長とともに育った娘さんは、若くしてアメリカに渡り、そこで出会った伴侶との間に二人の男の子を授かることとなった。娘さん一家は、数年に一度帰郷し、この桃の木の下に子供たちの華やいだ声が響いていた。娘さんがアメリカに旅立ってからは、年老いた主がこの茅葺屋根の家も庭も、そして田んぼも一人で守り続けて来られた。主が80才をいくつか超えた頃、彼は静かに息を引き取った。彼の死後まもなくして、庭の管理ができなくなってしまったのと、老木となった桃の木に倒木の危険があったために切り倒されることとなった。

私はこの一本の桃の木に、人の暮らしの中で生み出される風景の「見かた」のようなものを教えられた気がしている。