奥比叡の里より「棚田日詩」 | DIARY

2022/08/17

残暑御見舞

7月の緑一色だった夏の田んぼも、8月に入ると少しづつ黄色味を帯びてくる。盆も過ぎて稲刈りが始まる頃、一枚一枚の田んぼの色は微妙に異なり、そのパッチワーク模様が美しい。

この日は薄曇り。赤い屋根と白壁の農具小屋が淡い朝陽の中で浮かび上がっていた。

これからそこかしこの田んぼで稲刈りが始まる。そして9月に入ると暦の上での秋となる。とはいえ、残暑はまだまだ厳しい。皆さまくれぐれもお身体ご自愛ください。

2022/07/17

仰木小学校

猛暑・酷暑・線状降水帯などという恐ろし気な言葉で語られる季節の到来。皆さまいかがお過ごしでしょうか?

今日の写真は、コロナ禍の緊張した社会の中にある地元の小学校。校舎の背後に湧き上がる入道雲がこの日の暑さを物語っている。コロナの感染を恐れてか、主人公となる子供たちの声も姿も見当たらない。少し淋しい夏休み。この日は棚田も村も、そしてこの校舎もジリジリと焼かれる厳しい一日となった。

まだまだ「夏」真っ盛り。皆さまくれぐれも御身大切に!!

2022/06/12

梅雨時の二つの風景

上の写真は、6月の水田風景である。稲作は多くの水を必要とする。稲の成長にとって、梅雨時の雨は正に「恵みの雨」となる。

下の写真は、棚田の中の麦畑である。前年の11月頃に種まきされた麦は、梅雨を前にした5月の中旬頃から黄色く色づいてくる。いわゆる「麦秋」と呼ばれる季節の到来である。そして6月に入ると収穫となる。麦は稲と違って湿気が苦手。この時期の収穫は、雨に当たらないように梅雨空とのにらめっことなる。

2022/05/15

どんな地域にも、その地域を象徴し代表するような風景がある。この「馬蹄形の棚田」は、ここ奥比叡の里を象徴する「顔」ともいうべき風景である。2012年5月6日、この写真を"Top page"に据えて「棚田日詩」を始めた。

11年目の棚田日詩

「棚田日詩」は、今回の更新で11年目を迎えることとなった。私と「奥比叡の里」との出会いは、当然このホームページの開設よりも古く、1990年にまで遡る。その時40才。以後ライフワークとしてこの地の農村風景を撮らせてもらうようになった。数えれば33年という時が流れている。この時間が長いのか、短いのか、自分でも良く分からない。

ライフワークと言っても、「生涯を懸けて!」というような気張ったものではない。大好きになったこの地の風景を死ぬまで撮っていたいという素朴な気持ち。写真を撮るということが何か特別なことではなく、顔を洗うのと同じように生活の一部として写真を撮っていたいという気持ち。そんな気持ちを込めて、ライフワークという言葉を使ってきた。これからもこの気持ちで写真を撮っていくのだろうと思う。

このホームページを始めるにあたっての私の思いは「はじめまして」「自然音痴の棚田日詩」「農業音痴の棚田日詩」のところで少し書かせていただいた。この気持ちは今も変わりはない。

「棚田日詩」の10年間が、ほんの少しでもこうしたことがお伝えできたのなら幸いです。

これまで閲覧していただいた全ての方々に、心からの御礼と感謝を申し上げます。

2022/04/03

いつもの桜、いつもの風景

日本の中山間地の農村に行けば、どこででも見られるような風景である。

穏やかに晴れた一日。村はずれの桜は今が満開。そこに郵便局の軽トラックが通り掛かる。いつもの見慣れた風景。人々の日常の生活がそこにある。そして何気ない平和がそこにある。


 

黄色く実った小麦の大地。それは地平線の彼方まで果てしなく広がっている。雲一つない青空はどこまでも高く、その実りを祝福しているかのようである。ウクライナの国旗は、そんな農村風景をデザイン化したものであると聞いている。

 

 

時折吹く風に小麦畑は右に左にゆっくりと揺れている。収穫を歓ぶ村人たちの話し声や笑い声が青空に響き渡っている。そんな光景が、この旗の向こうから見えてくるようだ。

残念なことに、今ウクライナの大地は他国の軍隊に蹂躙され、人々は塗炭の苦しみの中にある。この「棚田日詩」は、これまで3500名ほどのウクライナの方々に見ていただいてきた。その方々は、今どうされているのだろうか?   日々ウクライナの悲惨なニュースを見るにつけ胸が重く苦しくなってくる。一日も早い外国軍の全面撤退と平和が訪れることを願わずにはいられない。

2022/03/09

春が来た

この花はミツマタだろうか。使われなくなったトラクターの後ろで静かに春の訪れを告げていた。これから田んぼも山も、そして里の風景も、新緑と色とりどりの草花に彩られていく。心躍る季節の到来である。


腰痛の術後も順調に回復し、少しづつウォーキングの距離を伸ばすようにしています。とにかく先生からは「歩け!歩け!」と言われています。20年来の腰痛はウソのように無くなっているのですが、長時間椅子に座って仕事をしていると、まだ腰に痛みというか違和感のようなものを感じます。この4月で72歳になります。少しづつリハビリして、年末には「40歳代?の体力と身体」を手に入れてみようと意気込んでいます。

オミクロンコロナの最中、手術をしていただいた洛和会音羽病院の先生方・看護士さん・リハビリの先生・そしてスタッフの皆様、ありがとうございました!  この場を借りて心からの御礼を申し上げます。

2022/02/06

人のいない、人がいる風景

奥比叡の棚田と出会った頃は、整然とした形の美しい棚田を撮りたいと思っていた。でもいつの頃からか、この写真のような少し雑然とした、人の匂いのする田んぼを愛おしく感じるようになってきた。


昨年辺りから、腰痛のために田んぼに出られる日がめっきり少なくなってきました。写真もそうですが、仕事でももう少し動ける身体になりたいと思っています。ということで2月9日に手術をすることにしました。ちょっぴり不安もありますが、手術後の写真がどのように変わっていくのか?  楽しみでもあります。

2022/01/01

明けましておめでとうございます

新雪によって薄化粧された棚田が目の前に広がっていた。あまり雪の降らないこの辺りでは、もうそれだけで特別な一日の始まりとなる。もっともそうした感慨は、子供たちとカメラを持つ者に限られるのかも知れないが・・・

雑草に覆われた耕作放棄地のような所を歩いていると、突然小さな小さな野菜畑が現れた。ネギが育てられているのだろうか?  自然の山へと戻りつつある棚田の中にあって、その一角に人の意志が明確に描かれていた。なぜか分からないが少し心が嬉しくなった。

今年もコロナ禍のお正月となりました。次から次への変異株の発生もあって、パンデミックの世界的な収束はまだ少し先になりそうです。個人的に言えば、今しばらく「コロナにウツラナイ、ウツサナイ」という観点で生活していきたいと思っています。それでも、どんなに注意していてもウツッテシマウのがコロナなのかもしれません。更なるご用心!  ご用心!!

こうした時だからこそ、皆様のご健康とご多幸をなお一層強く願わずにはおれません。

本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

2021/12/31

いい写真・・・那和さんの写したもの

田植えを待つばかりの田んぼ。みんな素足になって膝下まで田んぼの泥に埋もれている。その足元には、稲を等間隔に手植えしていくための回転式田植え枠が置かれている。そして色鮮やかでオシャレな野良着?  若い男女の踊っているかのように見える楽し気なポーズ。その手には、これから植えられていく稲の赤ちゃんが一塊り。笑顔がとても素敵です。

一見現代的な農業写真のようにも見えるが、違和感もある。一つは、ここ奥比叡のような中山間地の棚田にあっても、今日の田植えはコンバインで行われている。にもかかわらず、この写真では手植えである。もう一つは、足元の田植え枠である。これは、稲を真っ直ぐ・等間隔に植えるため(正条植え)の見当を付けていく道具である。明治20年(1887年)頃から使われ始め、田植えが機械化される1965年辺りまでの約80年間ほど現役で働いていたそうだ。これによって、肥料やりや雑草採りが随分合理的になったと言われている。歴史の中に消えてしまった道具が、何故かいま持ち出されている。

この一枚の写真の中には、現代と半世紀以上も前の過去が混在している。ここで現代と過去の遺物を結び付けているのは、棚田オーナー制ある。棚田オーナー制というものがなければ、この田んぼもトラクターで田植えされていただろうし、田植え枠もここに存在することがなかった。このお二人もここに居られることはなかっただろうし、この写真そのものも成立していない。そのオーナー制の田植え作業を撮影させていただいたのが、この写真である。2013年5月、撮影者は那和順一さん

ではなぜ「棚田オーナー制」というものが全国の中山間地で展開されるようになって来たのか?    おじいちゃんとおばあちゃんだけの農業。手間と労苦の割に収益性の低い農業。跡継ぎのいない農業等々。棚田オーナー制を生み出す前提としてこうした現代の中山間地農業の危機があるのではないのだろうか。よく見ればこの写真は、そんなことも語っているように思えてならない。

この写真は、「農業写真」ではない。田植えという農作業を写したものだから、農業写真と言えなくもないが、私は少しチガウと考えている。経済学的な意味での農業は、米(農作物)を売る(交換)ことを目的に作物を育成する業である。この写真は、決してその姿を写したものではない。棚田オーナー制は、都会の人たちに農業や里山環境の一部を体験し、学習していただくことを目的の一つとして開催されている。ある意味、都会の人たちを対象としたリクレーションの開催だともいえる。そうした意味でこの写真は、第三次産業である商業/サービス業の一瞬を写したものであると思っている。(だから私は、2013年5月23日のタイトルを「田植え」ではなくLa・ La・ La ♪ Ta・u・eとした)

恐らく日本の長い農業の歴史の中で、農業がサービス業となることはなかったと思っている。この写真は、正に農業がサービス業に転化しているところを写したものである。現代の中山間地農業の複雑な現況が、美しく、楽しく、象徴的に写し出されている。私がこれまで「いい写真」と考えてきた基準の一つに「時代と社会が象徴的に映し出されている」というのがある。まぎれもなくこの写真は、その類の写真だと考えている。

カメラマン那和さんに、そして那和さんの傑作に、終わらない拍手を送ります!!

那和さんは、大きな病院の料理長をされるかたわら、写真を何よりも愛するアマチュアカメラマンでした。私とは仕事の関係もあって、商品開発などもお願いしていました。当然、長い写友であり、私に琵琶湖の写真を撮るように導いてくれたのも那和さんでした。

その那和さんが、まだ暑い盛りの8月23日、心臓の病で突然亡くなられました。享年68才。丁度その頃、今森光彦さんの写真展に一緒に見に行く約束をしていました。どんなに楽しみにされていたか! 電話越しにも分かりました。でもその写真展に那和さんが来ることはありませんでした。来年3月の退職後には、一緒に写真を撮りに行こうとも言っていました。早すぎます!  残念です!!

今日は、那和さんの傑作を今一度見ていただきたいとの思いで、この文章を書いています。そして那和さんの写真が、一人でも多くの人々の記憶の中に残っていってくれることを願って止みません。

那和さん、もしあの世とやらがあるのなら、また一緒に写真を撮りましょう!!

    *  この地の棚田オーナー制は、平尾 里山・棚田守り人の会の主催によるものです

 *  モデルとなっていただいたお二人には、那和さんに代わって心からの御礼を申し上げます

 *  同じ写真をFacebookでも使わせてもらっています

追記)  この小さな写真では分かりづらいが、背景にある木立の前の辺りをじっくり見ていただくと金網のようなものが見える。シカやイノシシから田んぼを守るための獣害対策用の金網である。こんな所にも人と自然との関係、その時代と社会が写っている。見ようによっては、金網の中での楽し気な農作業というシチュエーションが、この絵のスゴ味を一層増しているのかも知れない。

2021/11/28

秋の光の中で・・・

晩秋の頼りなげで儚げな光に誘われてシャッターを切った。農村のどこにでもあるような一隅。生命あるものたちが温もりと輝きを与えてくれていた。

2021/10/30

腰痛悪化のため・・・

この20年ほど持病となっている腰痛が、この夏から悪化してしまいました。殊に10月は歩くのも辛くなり、田んぼへ出ることができなくなりました。年末の仕事が控えているため今年は無理ですが、来年は手術を覚悟しています。

近況報告のみということで、10月のdiaryはこれで終わらせていただきます。

2021/09/26

2021 新米入荷!

日が沈むのも早いもので、6時を過ぎると辺りは暗くなってくる。初秋の気配がそこかしこに感じられる今日この頃である。

夕方の5時になると、わが家の炊飯器のスィッチが入る。やがて炊飯器の湯気の中からお米の香りが立ち昇ってくる。日本人の誰もが知っている、懐かしくも心休まる香りである。

熱湯の対流と水蒸気の圧力によってお米は柔らかくほぐされ、しばらく蒸されてやがてご飯になる。炊飯器のふたを開けると、熱い湯気が例の香りとともに顔を包み込んでくる。真珠のように輝く一粒々々のお米をしゃもじですくい、茶碗に移す。そして口に含み、ゆっくりと噛んでみる。懐かしい甘さが口の中に広がる。例年通りの仰木のお米を実感する。今日は、採れたての新米を初めていただく夕食である。



奥比叡・仰木棚田米  新米入荷!!

ここをクリックしてください)

皆さま、ぜひ食べてみて下さい!!

 



「奥比叡の里」。ここはお米の生産現場であり、農業という経済活動が営まれている空間です。「昔ながらの棚田」の景観や「里山環境」がどんなに素晴らしくても、先ずはお米が再生産できる価格で売れなければ、あるいは買っていただくことができなければ、この環境を守り、維持していくことはできません。

私は都会で生活する一人でも多くの人々に、この地の美味しい棚田米を知っていただきたいと思っています。ぜひ一度、食べていただきたいと思っています。但しここでの「仰木棚田米」の応援は、私の勝手な行為であり、お米の売買には一切タッチしていません。

「昔ながらの棚田」で育てられるお米の量は少なく、限られたものです。もし申し込まれたとしても、在庫がなくなり、農家からお断りされるかもしれません。何卒、ご理解いただきますよう、お願い申し上げます。

2021/08/29

残暑お見舞い申し上げます

今年の夏は、8月の初旬頃からお盆の辺りまで梅雨のような長雨が続きました。そのせいか、稲刈りも少し遅れているようです。

今日の写真は、棚田に静かな朝が訪れたところです。先月とほぼ同じ所を撮っています。僅か一月ほどの間の変化ですが、黄色くなった稲が棚田を飾っています。

日本の農村の風景は、四季それぞれに応じた顔を持ち、大きく変わっていきます。私は、それが美しいと思います。

 

晩夏。まだまだ夏日が続くそうです。熱中症、そして猛威を振るっている新型コロナの感染に充分ご注意ください。

 


 

*  今回の更新、遅くなってしまいました。本当は20日位にUPするつもりでしたが、パソコンが故障してしまい今日になってしまいました。またギックリ腰も調子が悪く、日々の撮影も厳しくなっています。寄る年波というやつでしょうか・・・・

2021/06/20

もうすぐ棚田の夏

今年は、雨の日が続くかと思えば、一転夏日のような日も続き、梅雨なのか夏なのか分かりずらい。

しかしこの梅雨もやがては明け、すぐそこに猛暑の夏が待っている。その猛暑の中、汗まみれになってこの土手の草刈りをする人々がいる。想像するだけで頭がクラクラしてくる。毎年毎年「本当にご苦労様!お疲れ様!」という言葉しか出てこない。