奥比叡の里より「棚田日詩」 | DIARY

2023/09/20

新米できたよ!

今年も生産者の西村さんから嬉しい新米(ミルキークィーン)をいただいた。

日が沈むのも早いもので、6時を過ぎると辺りは少し暗くなってくる。残暑の中にも初秋の気配が感じられる今日この頃である。

夕方の5時になると、わが家の炊飯器のスィッチが入る。やがて炊飯器の湯気の中からお米の香りが立ち昇ってくる。日本人の誰もが知っている、懐かしくも心休まる香りである。

熱湯の対流と水蒸気の圧力によってお米は柔らかくほぐされ、しばらく蒸されてやがてご飯になる。炊飯器のふたを開けると、熱い湯気が例の香りとともに顔を包み込んでくる。真珠のように輝く一粒々々のお米をしゃもじですくい、茶碗に移す。そして口に含み、ゆっくりと噛んでみる。懐かしい甘さが口の中に広がる。例年通りの仰木のお米を実感する。今日も、採れたての新米をいただくわが家の夕食である。



新米! 奥比叡 仰木棚田米

皆さま、ぜひ食べてみて下さい!!

 



「奥比叡の里」。ここはお米の生産現場であり、農業という経済活動が営まれている空間です。「昔ながらの棚田」の景観や「里山環境」がどんなに素晴らしくても、先ずはお米が再生産できる価格で売れなければ、あるいは買っていただくことができなければ、この環境を守り、維持していくことはできません。

私は都会で生活する一人でも多くの人々に、この地の美味しい棚田米を知っていただきたいと思っています。ぜひ一度、食べていただきたいと思っています。但しここでの「仰木棚田米」の応援は、私の勝手な行為であり、お米の売買には一切タッチしていません。

「昔ながらの棚田」で育てられるお米の量は少なく、限られたものです。もし申し込まれたとしても、在庫がなくなり、農家からお断りされるかもしれません。何卒、ご理解いただきますよう、お願い申し上げます。

2023/08/23

今森光彦「里山 水の匂いのするところ」

この写真の前で、暫し佇んだ。琵琶湖の近くで生活している私にとって、琵琶湖特有の「水の匂い」が蘇えってくる。それは山奥の清流の匂いではない。この匂いは、夥しい数の生命を育んできた水、それ自身が生命であった水、太古から人々の暮らしと共にあった水、そんな水から醸し出される匂いのような気がしている。

 

朝の漁を終えた船が帰港しているのだろうか。静寂の中、靄はゆっくりと流れ、水面に掉さす音が聞こえている。かすかに船は軋み、時折鳥の鳴き声が聞こえてくる。これは自然を畏れ、敬い、自然に感謝する、そんな人々と自然が作り上げてきた風景である。200年前、300年前のこの地にも同じような人々の営みがあり、同じような朝の一時が流れていたのだろうと思う。そして100年後、人々はここでどんな風景、どんな時間を紡ぎ出しているのだろうか?

 

原画(プリント)でしか味わえない色調や空気感があります。残念なことにそれらは、パソコンやスマホの中では感じることのできない世界です。ぜひ、美術館で今森光彦さんの「里山」を感じてください。そしてぜひ、私たちの生活の身近にある「里山」に足をお運びください。

2023/08/16

残暑御見舞

暦の上では晩夏。とはいえ棚田を歩いていると、頭のテッペンが焼けるように暑い。写真を撮るという行為の中から、判断力や集中力、撮影意欲というものまでが徐々に奪われていく。それでも棚田を見渡せば、数人の方が農作業をされていた。「お疲れ様! お気を付けて!!」という言葉しか思い浮かばない。

 

テレビでは「殺人的」という表現で今年の暑さが語られている。国連によれば、既に温暖化という段階を越えて「沸騰化」の時代に突入したらしい。

いずれにしても恐ろしい時代。皆さまくれぐれも御身大切に!!

2023/07/23

暑中御見舞

日本列島、大方の地方で梅雨は明けたようだ。これまでも充分暑すぎたが、これからが夏の本番だと考えると少しウンザリしてくる。気温は35℃を越している。できるだけ日陰を選んで棚田の中を歩くようにしている。それでも、1時間以上も撮影していると頭がクラクラしてくる。年の重なりと共に夏が厳しく、危険になってくるようだ。

私も気を付けますが、皆さま、くれぐれも御身大切に!!

2023/07/09

今森光彦「里山 水の匂いのするところ」

この写真の前で、暫し佇んだ。琵琶湖の近くで生活している私にとって、琵琶湖特有の「水の匂い」が蘇えってくる。それは山奥の清流の匂いではない。この匂いは、夥しい数の生命を育んできた水、それ自身が生命であった水、太古から人々の暮らしと共にあった水、そんな水から醸し出される匂いのような気がしている。

 

朝の漁を終えた船が帰港しているのだろうか。静寂の中、靄はゆっくりと流れ、水面に掉さす音が聞こえている。かすかに船は軋み、時折鳥の鳴き声が聞こえてくる。これは自然を畏れ、敬い、自然に感謝する、そんな人々と自然が作り上げてきた風景である。200年前、300年前のこの地にも同じような人々の営みがあり、同じような朝の一時が流れていたのだろうと思う。そして100年後、人々はここでどんな風景、どんな時間を紡ぎ出しているのだろうか?

 

原画(プリント)でしか味わえない色調や空気感があります。残念なことにそれらは、パソコンやスマホの中では感じることのできない世界です。ぜひ、美術館で今森光彦さんの「里山」を感じてください。そしてぜひ、私たちの生活の身近にある「里山」に足をお運びください。

2023/06/28

麦秋の季節

この一年、早かったようにも思う。途方もなく長い時が過ぎたようにも思う。一年前の4月、ウクライナの国旗の黄色は麦畑の麦秋の色だと書いた。ここ奥比叡の里では、再び麦を収穫する麦秋の季節が巡ってきた。

塹壕が掘られたウクライナの前線の農場に麦の姿はない。一日も早く外国の軍隊がいなくなり、農夫の笑い声が響く農場に戻ってもらいたいものである。

ウクライナ戦争の影響があるのか分からないが、ここ仰木や伊香立の村では、心なしか麦畑が増えているように思う。

2023/05/17

何かがおかしい

「今年は異常だとしか思えない」それが畦でお会いした西村さんの一声だった。

田植えするまでの育苗が何故かうまくいかず、大量の苗を捨てることになったそうだ。この辺りの玉ねぎはどこも小さなままで、大きく育たなかったという。春になると発生してくる小さな昆虫なども、今年は目立って少なくなっているようだ。「何かがおかしい!」とのこと・・・

今日は晴天。久しぶりに田んぼに出てみた。田植えされたばかりの田んぼは青空を写し込み、この写真のように美しい。棚田のどこを見渡しても、「異常」さは見当たらない。

そんな時「まだ5月だというのに、岐阜県の揖斐では35℃を越えた」とのニュースがTVで流れていたのを思い出した。

2023/04/19

遅ればせながら、桜

これまで桜の季節になると、必ずその写真をupしてきました。ところが今年は体調を崩し、桜を見ることができませんでした。ということで、遅ればせながら桜の写真を一枚。私自身のために、そして私と同じように桜を見れなかった人々のために・・・    この写真は数年前のものですが、やはり心が華やぎます。

下の写真は、田植え準備真っ只中といった棚田。早い田んぼでは連休前に、大抵はゴールデンウィークが明けてから田植えが始まります。水入れ・畦塗り・代掻き、いよいよ戦闘開始です。

2023/03/22

水が来た

奥比叡の辺りは、比較的温暖で雨が少ない。また琵琶湖に注ぎ込む川も細く水量も少ない。必ずしも米作りに必要な水に恵まれているとは言い難い。そんなことで、要所要所にため池が作られている。そのため池の水は棚田の外縁や農道の側溝に張り巡らされた幹線水路を伝って田んぼに注ぎ込まれる。ここで外縁に張り巡らされと綺麗に言っているが、大抵は棚田と山との境目、時には足を踏み入れたくないような鬱蒼とした山の中を通されていることもある。現代では、水を谷底の川からポンプで吸い上げ、田んぼに注ぎ込んでいるという所もある。田植えの準備が始まると、ポンプで吸い上げられた水が地下に張り巡らされた水路の中をゴーゴーと音を立てて流れている。

上の写真は、棚田に水が注ぎこまれ、溢れ出しているところ。という単純なものである。しかしこの単純な風景が成立するには、まず山を切り開いて田んぼが作られていなければならない。同時にため池や水路も作られていなければならない。そしてため池や水路は、村の人たちの総力で維持管理されていなければならない。ため池や水路は、降り積もった落ち葉や枯れ枝ですぐに詰まってしまうからである。時には土砂崩れで使えなくなることもある。

この単純な風景の中にも、村の人たちの世代を重ねたご苦労と汗が流れている

下の写真は、棚田の中の満開の梅。今の季節を添えてみた。。

2023/02/18

恵みの雪

2月の棚田は、まだモノトーンの世界。淡雪が枯れ草の色彩を覆い、一層白黒の世界に変換してくれている。そうした中、数本の針葉樹の左横、青緑色した倉庫のような建物が見える。そこだけが鮮やかな色彩を帯びた不思議な風景であった。

今年は1月に大雪が降った。といっても雪国ではないので、深く積もった所でも20~40㎝程度のことである。その後、2月に入っても雪の降る日があり、棚田は白く飾られることが多かった。そんな時、昔聞いたおじいちゃんの言葉を思い出した。「裏山が真っ白になると、その年の米は美味しいんや」というものだった。今年の秋が楽しみである。

2023/01/01

明けましておめでとうございます

1990年代初頭のソ連邦の崩壊は、ある意味米ソの対立したブロック経済の崩壊でもあった。それまで世界経済の20%ほどを占めていたソ連圏の経済ブロックが崩壊し、グローバル化という合言葉の下にアメリカを中心とした単一の経済ルールの中に引き込まれることとなった。旧ソ連圏の農業もまた、世界的な分業の網の目の中に組み込まれ、グローバル化の波の一翼を担うようになってきた。

ところが昨年のロシアによるウクライナ侵攻後、事態は大きく変わりつつあるようだ。グローバル化の中では、北朝鮮やイラン等といった局所的な問題(失礼はお詫びします)はさておいて、概ね国家間の政治的対立が、国家間の経済的関係を根本から損なうということはなかったように思われる。ある意味、大多数の国々と安心して貿易ができると思われてきた。

そこに昨年2月のロシアによるウクライナ侵攻である。もとよりエネルギーや食糧は、人間が生存していく上での基本的な資源である。その資源が、戦争を有利に進めるための武器として利用されるようになった。何億人という人々が飢餓の淵に立たされている現実を前にして、どうして食料を政治の道具になどできるのだろうか、許されないことである。

しかし視点を少し変えてみよう。ロシアによるエネルギーや食糧を使った世界的な脅しや禁輸処置も、ロシアに対するアメリカの経済制裁も見ようによってはあまり変わらない事柄であるともいえる。ここで問題となるのは、政治が世界経済を、政治が国際的分業を分断し始めたという事実である。しかもその経済的分断の規模が、全世界に影響を及ぼすほどになっているということである。折しも米中の対立が、半導体等に見られるある種の経済分野の分断とも相まって、世界経済のある種の分野は大国の政治的対立によって再びブロック化していくようにも見える。

こうした中で盛んに言われ始めたのが「食料安全保障」である。政治的理由によって思い通りの食料が輸入できなくなるとすれば、その需要の多くを輸入に頼ってきたわが国にとっては厳しい状況が待っていると言わざるを得ない。当然こうした状況下では、わが国の国内で充足する自給自足的な農業をできるだけ推進していこうという声が聞こえてくる。

 

ところで私にとっての最大の関心事は、「食料安全保障」「自給自足的な農業」といったキーワードが、この地の棚田農業をどのように変えていくのかという点にある。休耕田はどうなるのか?   獣害対策をどうするのか?   生産性をどうやって高めていくのか?   若い後継者は農業を継いでいってくれるようになるのだろうか?   里山環境はどのように変化していくのだろうか? 等々である。

 

今年の新年は、時代の大きな曲がり角となるのではないかと感じている。ロシアによるウクライナ侵攻を契機に、わが国の軍備の大幅な増強が現実のものとなっている。また「食料安全保障」という視点からわが国の農業の在り方が問い直されている。容易に世間の風潮に流されず、しっかりと自分の考えを持つことが求められているように思う。

全ての人々に、先ずは平和を、そしてご多幸をお祈り申し上げます。

2022/12/28

Thanks / ありがとう!

*Japan/35998    *United States/20423    *??????/8294    *China/8201

*Russian Federation/5610    *Ukraine/4606    *United Kingdom/2821

*France/1905    *Germany/1791    *Israel/1412    *Romania/1278

*Sweden/1213    *Canada/768    *Netherlands/740    *Hong Kong/642

*India/620    *Turkey/525    *Austria/465    *Taiwan/439    *Italy/420

*other countries/4970        total number/1,03,141(2022年12月21日)

これは、これまで「棚田日詩」を閲覧していただいた方々の国名とその閲覧数です。長い間、閲覧数を見ていなかったのですが、ふとした時に目に入ってきた数字を見ると100,000回を越えていました。概ね日本の方々が35%、外国の方々が65%といったところです。

2012年5月から始めた「棚田日詩」も今年の5月で11年目を迎えることとなりました。そうした期間から考えると決して多い閲覧数ではありません。しかし2年で止めるはずだった「棚田日詩」を続けるあたって、私を勇気づけていただいた大切な閲覧者であり、閲覧数であります。

これまで、誰も知らないようなアマチュアカメラマンにお付き合いいただいたこと、感謝の言葉もありません。心からの御礼を申し上げます。

今年も残すところあと僅かとなりました。来る新しい年は、全ての民族、全ての人々が仲良く助け合って暮らしていける世界であることを願わずにはおれません。

皆様にご多幸を!!

2022/11/20

晩秋

上の写真は、雑木林が渋めに色づいているところ。画面中央辺りにある枝を広げた木は柿の木である。この小さな写真では分かりづらいが、所々に朱い実を付けている。

下の写真は、雨水の引かない田んぼに残された稲わら。水面の青さがこの日の天気を語っている。

もうすぐ冬の木枯らしが棚田の上を吹き抜けていく。

2022/10/16

採れたて、新米!

今年も新米(ミルキークィーン)をいただいた。生産者の西村さん曰く「今年は暑い日が続いたり、いらん時に雨が降ったり、気候の変動が激しかった。にもかかわらず、なんでか分からんけど豊作だった」とのこと。

日が沈むのも早いもので、6時を過ぎると辺りは暗くなってくる。初秋の気配がそこかしこに感じられる今日この頃である。

夕方の5時になると、わが家の炊飯器のスィッチが入る。やがて炊飯器の湯気の中からお米の香りが立ち昇ってくる。日本人の誰もが知っている、懐かしくも心休まる香りである。

熱湯の対流と水蒸気の圧力によってお米は柔らかくほぐされ、しばらく蒸されてやがてご飯になる。炊飯器のふたを開けると、熱い湯気が例の香りとともに顔を包み込んでくる。真珠のように輝く一粒々々のお米をしゃもじですくい、茶碗に移す。そして口に含み、ゆっくりと噛んでみる。懐かしい甘さが口の中に広がる。例年通りの仰木のお米を実感する。今日も、採れたての新米をいただくわが家の夕食である。



奥比叡・仰木棚田米  新米入荷!!

(ここをクリックしてください)

皆さま、ぜひ食べてみて下さい!!

 



「奥比叡の里」。ここはお米の生産現場であり、農業という経済活動が営まれている空間です。「昔ながらの棚田」の景観や「里山環境」がどんなに素晴らしくても、先ずはお米が再生産できる価格で売れなければ、あるいは買っていただくことができなければ、この環境を守り、維持していくことはできません。

私は都会で生活する一人でも多くの人々に、この地の美味しい棚田米を知っていただきたいと思っています。ぜひ一度、食べていただきたいと思っています。但しここでの「仰木棚田米」の応援は、私の勝手な行為であり、お米の売買には一切タッチしていません。

「昔ながらの棚田」で育てられるお米の量は少なく、限られたものです。もし申し込まれたとしても、在庫がなくなり、農家からお断りされるかもしれません。何卒、ご理解いただきますよう、お願い申し上げます。

2022/09/18

収穫の時

今年で33回目の実りと収穫の風景を目にしている。何度見ても、一年の総決算としての安堵感と喜びのような感情が湧き上がってくる。初秋の9月、山里の実りの秋は美しい。

台風14号は今現在、未曽有の暴風雨を伴って九州を襲っている。それが明日の夕刻あたりに関西に上陸し、更に日本列島を縦断していくようだ。第二室戸や伊勢湾台風といった昭和の巨大台風に匹敵すると言われている。皆さま、くれぐれもご用心!!