奥比叡の里より「棚田日詩」 | 2025 | 2月 | 23

2025/02/23

恋心

今日の写真は、私の大好きな「農具小屋」です。しばし写真をご覧ください。文章は後日。


文章、遅くなりました・・・・・

言うまでもなく農具小屋は、農作業に必要な道具などを仕舞っておく納屋のことである。私の写真を見ていただいてもお分かりいただけるように形は大小様々で、どれ一つとして同じものはない。個性的でもある。こうした手作りの農具小屋が、私の写真のなかである種の温もりのようなものを与えてくれているのではないかと思っている。

 

手作りの農具小屋は、棚田のそこかしこに点在している。平地の田んぼ地帯と比べれば、その数も圧倒的に多い。私はこの状況こそ、この地の棚田農業の生産性の低さ・厳しさを象徴しているのではないかと思ってきた。かつておばあちゃんから聞かされた話がある。恐らく今から6~70年前のことである。「私が嫁に来た頃は、朝早ようから旦那と一緒に山の麓にある田んぼまで行って、日が暮れる頃に家に帰って来ていた」という。自宅から田んぼまでは少なからぬ距離がある。しかも高低差の激しい山道のような農道である。道具を持ち歩くにはちょっとシンドイ。何か忘れたからといって家に取りに帰るには1時間以上も掛かってしまう。こんな事情があちこちに農具小屋を点在させてきたのではないかと思っている。もっとも近年は農業の機械化と軽トラックの大活躍という事情の中で、農具小屋もその役割を徐々に終えてきているのではないかと思っている。とはいえ、身近にある材料を駆使して作り上げられた農具小屋、長い年月の風雪に耐えた趣のある農具小屋、それが年々少なくなっていくのを見るのは、私にとっては少し辛いことではある。

どんな写真にも、そこに写っているモノ(人)とそれを写すカメラマンとの関係性、距離感というものが写っている。今日の農具小屋の写真にも、私との関係性・距離感というものが写っていると思っている。私と奥比叡の棚田との関係性や写真を撮り始めた動機のようなものは「自然音痴の棚田日詩」「農業音痴の棚田日詩」などでも書いてきた。そこでは、この地の棚田風景への「恋心」が書かれている。その「恋心」が私と奥比叡の里との関係性・距離感を作り出していると思っている。奥比叡の里と出会って35年になる。私の写真に今もその「恋心」は写っているだろうか?