奥比叡の里より「棚田日詩」 | DIARY

2019/02/24

60,000 hits

2012年に始めた「棚田日詩」も、今年の5月で7年目を迎えることとなります。気が付けば、60,000回の閲覧を超えていました。これまで閲覧していただいた全ての方々に、心からの御礼を申し上げます。いつまで続けられるか分かりませんが、何とか月1回くらいのペースで更新していきたいと思っています。お付き合いいただければ嬉しく思います。これからも宜しくお願い申し上げます。

2019/02/06

小さな春

春が立つと書いて「立春」。今年の立春は2月4日、一昨日のことである。冬の寒さも底を突き、これから徐々に春に向かって季節が歩み始めていくという区切りの日である。とはいえ、まだ早朝は霜と氷の世界である。

今日の写真は、霜に彩られた雑草たち。上の写真をよく見れば、イヌノフグリだろうか、所々に青い蕾を付けている。下の写真は、霜に倒されながらも一輪の赤い花を咲かそうとしているホトケノザ。いじらしくもあり、健気である。かじかんだ指でシャッターを押す時、少し心が温まるのを感じた。


 1月は散々だった。初旬にインフルエンザに罹り、その後も体調不良が続いた。もちろん予防接種は受けていた。昨年の秋頃から義母の体調も急激に悪くなり、年末から仕事の合間を見つけて大阪への行き帰り。月末には、その義母も95歳の生涯を閉じた。私たち夫婦にとって親と呼べる最後の人だった。何度も通い慣れた大阪の街並みが、なぜか遠ざかっていくように感じられた。

随分写真とご無沙汰だった。これから少し、カメラを持って鋭気を養いたいと思っている。

2019/01/01

明けましておめでとうございます

聞くところによると、2007年生まれの子供たちの平均寿命は104才になるという予測もあるようだ。今年69才になる私からすれば気の遠くなるような数字である。医学の急激な進歩を見ていると、あながち非現実的な夢想でもないように思われる。

この2007年生まれの子供たちが爺さん婆さんになった頃の2100年の人口は5000万人前後になると総務省は予測している。国民経済のみならず、多くの分野での縮小傾向は避けられない。もちろんこうした予測は、現在の社会システムの延長線上で考えられ、計算されているのだろう。大きな戦争や抜本的な社会の変革ということは想定されていないことだと思う。

今まで私たちが経験したこともない社会の激しい矛盾や歪みが現れて来るのかもしれない。だからといって未来に対する悲観だけが現実ではない。私は、それらの矛盾や困難に知恵と勇気をもって立ち向かう未来の子どもたちを信じたいと思っている。

 

2100年、 私にその世界を思い浮かべる力はない。しかし、人の力の限界を常に意識しつつ謙虚に自然にも社会にも向き合っていてもらいたいと思う。その時、ここ奥比叡の中山間地農業地帯はどのような姿になっているのだろうか?  私の個人的な願いを言わせてもらえば、ここが生きものたちの生命の温もりが感じられる緑豊かな里であり続けて欲しいと思っている。

2019年、皆様にとって素敵な年となりますことを心からお祈り申し上げます!

2018/12/31

北部クリーンセンター

伊香立に白い煙(水蒸気?)を吐き続けている大きな煙突がある。大津市の北部クリーンセンターの煙突である。このクリーンセンターは、簡単に言えば一般のゴミとプラスチックゴミの処理場である。煙突の高さは59ⅿ、平成元年から稼働している。丁度私が、棚田の写真を撮り始める一年前のことである。

 

人はモノを作り、そのモノを消費することによって生きている。それが人間という生きものの基本的な生存様式である。人が生きていく限り、消費されたモノはゴミとなって捨てられていく。殊に大量生産・大量消費の時代は、同時に大量のゴミを発生させる時代でもある。

もしこうしたゴミ処理場がなかったとしたら、もしゴミを収集し焼却する行政や民間のシステムが無かったとしたら、もし住民にゴミ処理に対する高い意識がなかったとしたら・・・・・

私たちを取り巻く生活環境はどうなっていくのだろうか? 大津市の街の姿はどうなっていくのだろうか?  恐らく極短期間の間に、街はゴミの山の中に埋もれていくのではないだろうか。衛生的で快適な生活空間の確保は、環境問題にも配慮したゴミ処理システムの存在が前提となっている。殊に都市部に生活し働く住民にとっては欠くべからざるシステムとなっている。この煙突から立ち昇る白い煙は、一面ではこのことを象徴的に物語っている。

 しかしクリーンセンターの設置には住民からの抵抗もあり、時には政治問題化する事例もあるようだ。そんなこともあってか、概ね各自治体は人口密集度の低い都市の周辺部にクリーンセンターを設置しているように思われる。もちろん都市部の地価の高さや土地確保の困難さなどが理由としてあげられるのだろうが・・・  ここ伊香立のクリーンセンターの設置には、どんな経緯があったのだろうか?

 

伊香立がクリーンセンターの受け入れに同意したことによって、伊香立の圃場整備が加速したのは事実である。そのことが不当だと言っているのではない。当時の村人たちの圃場整備の要求は正当なものである。しかし、クリーンセンターの設置と圃場整備の問題は、本来別の問題であったはずである。それが、どこかでリンクし、取引材料となってしまっていることに少なからず違和感を覚えざるを得ない。恐らくこの違和感は、政治的・行政的目的をそうした手法で実現していく姿勢に対して感じたのではないかと思う。もっともこうした手法は、住民の大きな反対が予測される原発や沖縄の基地問題等々の時には決まって使われる常套手段でもある。

こうした手法の最大の問題点は、一方ではクリーセンターの目的と意義、住民に与えるリスク等々といった問題意識を曖昧なままにし、他方、圃場整備がなぜ必要なのか、なぜ奥比叡の地域でその実現が遅れているのか等々といった問題意識の深まりを阻んでいることである。民主主義の水準は、それぞれの問題に対する住民の問題意識の深さにあると私は考えている。既成事実としてクリーンセンターが設置され、圃場整備が実現した今、私たち住民の問題意識を深めていく機会がいつのまにか奪われているのではないだろうか。こんなところにも、民主主義の形骸化があるように思えてならない。本来民主主義は、面倒くさいものだと思っている。

 

この問題は、30年を経た今日でも尾を引いているようである。昨年末の市議会では、伊香立に落とされる迷惑料的な補助金の妥当性について質疑応答されている。迷惑料というものが必要だとして、その迷惑料がどれほどの、どのようなものになるのか、私に判断基準はない。補助金が行政予算の中に組み込まれている以上、反対者に対してはその大義名分を正々堂々と説明すればいいだけだと思っている。いずれにしても、クリーンセンター設置の過程において住民の問題意識の深まりもないままに、マジックのようにその目的を実現してしまったところに「尾を引いている」一つの原因があるのではないだろうか? もちろん補助金は、その目的に従って誰もが納得する社会性をもって公明正大に使われなければならないのは言うまでもないことである。

このクリーンセンターの問題もそうだが、基本的には受益者がそのリスクも負うべきだという覚悟を持たなければならないと考えている。北部クリーンセンターも、もっと都心部にあっても不思議ではない。しかし現実はそうはならずに政治的・経済的に弱い農村部にリスクが押し付けられていくようだ。こんなところにも都市と農村の歪められた関係の一端が現れているように思えてならない。もしそうだとすれば、この白い煙は都市と農村の歪められた関係を象徴しているのかも知れない。

*  最初の写真は、ため池に映った雑木林である。冬支度を終えた枯れ枝の先端が水面で細かく震えていた。

 


 

2018年、今年も「棚田日詩」を閲覧していただいた皆様に心からの御礼を申し上げます。新しい年も皆様の健康とご多幸、そして夢や希望が叶いますことをお祈り申し上げます。

一年間、本当にありがとうございました!

2018/11/28

冬へ、リンドウの花咲くころ

もうリンドウの花が咲く季節になっている。二ヶ月以上のご無沙汰となります。

8月の盆明けから始めた年末商戦の準備が、思いのほか手間取ってしまいました。それと10月の中頃に風邪を引いてしまい、一月近く体調がすぐれない日が続いていました。

ここに来てようやく年末の準備が一段落ついたと思ったら、もう年末商戦の真っ只中です。

この間、「棚田日詩」を更新する時間と心の余裕がなくなり、今日まで来てしまいました。月一回の更新の約束が守れなかったこと、個人的には残念でもあります。そして毎回見ていただいている皆様には、心からのお詫びを申し上げます。

 

棚田の風景は、晩秋から冬の季節に入ろうとしています。今年は柿の実の数が極端に少ないように思われます。この柿の実の熟すのを待っている鳥やサルたちの冬はどうなるのだろうか?

2018/09/16

雨、遅れ気味の稲刈り

9月4日、台風21号は猛烈な風と雨を伴って奥比叡の棚田を襲った。多くの木々がなぎ倒され、吹き飛ばされてしまった農具小屋もあった。当然ほとんどの田んぼで、黄金の稲穂が倒された。家にいても恐怖を感じるほどの風が吹き荒れていた。

この9月に入って、晴れた日はほとんどない。毎日、何時間かは雨が降っているような気がする。いつもなら稲刈りが終盤に差し掛かっている時期である。多くの田んぼで稲刈りが遅れているようだ。

   今年は、生命の危険を感じるほどの酷暑の夏。そして、私が仰木に来て最も恐ろしい思いをした台風21号。その2日後には北海道胆振東部地震。9月の長雨も、まだ晴れない。気持ちが重い。

2018/09/05

2018・もうすぐ新米!

今年もようやく、新米が採れ始めました。今年は酷暑の夏。

どんなお米に育っているのか? 心配でもあり、楽しみでもあります。

昔ながらの棚田で採れたお米はいかがですか?


仰木棚田米を一度食べてみようと思われる方は、

下記のURLを覗いて見てください。


http://tanada-diary.com/tanada-products/fp_01

http://tanada-diary.com/7393


 ここはお米の生産現場であり、農業という経済活動が営まれている空間です。「昔ながらの棚田」の景観や「里山環境」がどんなに素晴らしくても、先ずはお米が再生産できる価格で売れなければ、あるいは買っていただくことができなければ、この環境を守り、維持していくことはできません。

私は都会で生活する一人でも多くの人々に、この地の美味しい棚田米を知っていただきたいと思っています。ぜひ一度、食べていただきたいと思っています。但しここでの「仰木棚田米」の応援は、私の勝手な行為であり、お米の売買には一切タッチしていません。

「昔ながらの棚田」で育てられるお米の量は少なく、限られたものです。もし申し込まれたとしても、在庫がなくなり、農家からお断りされるかもしれません。何卒、ご理解いただきますよう、お願い申し上げます。



9月8日(土)/楽しい稲刈り体験

おじいちゃん、おばあちゃん、お父ちゃん

お母ちゃん、子供たちもみんな一緒になって

昔ながらの稲刈りとハサ掛けをします

でも、ちょっと雨が心配!

【主催:平尾 里山・棚田 守り人の会】

Home page    /    Facebook

一番下の写真の大橋マミ子さんは、絵描き&物語作家をされています。とても癒される生きものたちの絵を描いておられます。

ぜひ、彼女の Facebook とホームぺージ hasuhana.com に訪問してみてください。

2018/08/18

立秋 / Facebook

四季を更に細かく分けた「二十四節気」によると、「立秋」は8月7日頃から22日辺りまでのことを指すようだ。日本人は、この立秋の始まる日を境に暑中見舞から残暑見舞に切り替えていく。

秋が立つと書いて「立秋」。立つというのは、気象状況や生き物たちの自然現象の中に秋が立ち現れて来るという意味らしい。ただ温暖化の時代を生きる私たち日本人にとっては、「立秋」の始まりは随分気の早い秋のように思われる。殊に7月の酷暑に比べれば朝夕の気温が下がってきたとはいえ、日中の農作業は汗が噴き出る暑さである。実感としては、まだまだ夏。ただ田んぼを毎日見ていると、稲穂が黄色く染まり、確かに「立秋」の風情が色濃くなっている。

写真の黄色い田んぼは、この辺りでも稲刈りが早く、来週あたりには始まるのではないだろうか。今年は多くの台風の接近が予想されている。無事の収穫を願わずにはいられない。

 


 

 Facebook

「棚田以外の写真も見てみたい」というご要望にお応えして、

前回Instagramに【 Short_Story.36 】というサイトを作ったことをお知らせしました。

あれからFacebookを少し調べて見ると、

Instagramより更に大きな写真をUPすることができるということが分かりました。

そこでFacebookに「Short Story」というページを作り、そこに写真を載せてみました。

まだFacebookのことが良く分からないので、試験的にUPしているだけです。

このページは、「平野 もへじMoheji Hirano」というフォトネームで登録されています。

宜しければ、立ち寄って見てください。

タイトル名     Short Story

上記のタイトル名で入れない時は、下記のURL(ユーザーネーム)をコピーし、

Facebookの検索欄に貼り付けてください。

ユーザーネーム      @heno2.moheji 

この Short Storyも、パソコンで見ていただく前提で作っています。

ぜひ画面サイズの大きいパソコンで見ていただければ、

嬉しく思います。

2018/07/25

酷暑の朝 / Instagram

豪雨災害が去った途端、酷暑の夏が日本列島を覆っている。連日35℃を超え、地域によっては40℃を超す所もある。熱中症による死者は優に100名を越えていく勢いだ。正に「災害」と呼ぶに相応しい猛暑・酷暑である。

命の危険を感じる暑さの中で、農作業の立ち上がりも早い。日の出が始まる5時頃には、多くの軽トラックと出会うこととなる。棚田の土手の草刈りが始まる。それも6時頃になると、気温もどんどん上がり、汗にまみれて疲れ切った顔をした村人たちが棚田の土手に腰を下ろしている。小休止である。「毎日、これや。ええ加減、嫌になる・・・」  みんな年老いてきている。この時期の農作業は過酷である。

上の写真。朝霧が谷の間を流れていた。そこに昇り始めた朝陽が当たり、霧が赤く染まった。このおばちゃんは、自分で育ててきた野菜を採りに行くところだ。下の写真。早い田んぼでは稲穂が顔を出し始め、既に花を咲かせている稲もある。

 


Instagram

「棚田日詩」を見ていただいている方から、「田んぼ以外の写真も見せてほしい」というご要望が以前からありました。色々検討してみました。フォトブログ形式のものはデザインなどを自分で設定していく必要があるようで、私には少し敷居が高いように思いました。Facebookは、見ていただく写真が小さいように感じました。結局、Instagramにアップすることにしました。

これらの写真は、個人と友人たちで楽しむために撮ったものです。何十枚かの写真でShort Storyを作り、音楽を付けてスライドショーにしてきたものです。結婚式やお葬式、業界の宴会風景やライブなどの人物中心の写真は、プライバシー等の問題もあり省いています。写真の見方などは、コメント欄に書いていますので、ご面倒ですがお読みください。

これはパソコンで作り、アップロードしています。できればスマホではなく、ぜひパソコンで見て下さい。

「棚田日詩」を見ていただいている皆さんにご覧いただこうと思っているのですが、どうすれば見ていただくことができるのか?  まだよく分かりません。Instagramそのものが、分かっていません。とりあえず下記のタイトル名をクリックしてみてください。

タイトル名     Short_Story.36

 

もしこの方法で、私の写真に辿り着けないようでしたら、

Instagramの検索欄に

Short_Story.36

をコピーして貼り付けていただくか、入力してください。

宜しくお願い致します。

2018/07/15

暑中お見舞い申し上げます

6月28日から7月8日、西日本・中部・北海道の広い地域にわたって未曽有の豪雨が襲った。山が土石流となって崩れ、川から溢れ出た激流が町や村を呑み込んでいった。昨日の報道では、死者197名、行方不明者49名、重軽傷者約220名、浸水家屋は25000戸を超えた。私の生きてきた半世紀の経験では推し量れない災害を目撃することとなった。地元の仰木でも崖が崩れ、あわや天神川をせき止める寸前であった。農林業被害についてはまだ報道されていないようだが、これも相当なものになるだろうと思われる。私個人については何かができるわけでもないが、被害に遭われた多くの方々が一日も早く日常を取り戻されることを願わずにはいられない。日本列島に住む全ての人々にとって、もはや他人事にはできない気象状況になっていることは間違いないようだ。

今日も非常な暑さである。被害に遭われた方々、救助や復興に当たられる方々、くれぐれも御身大切に!!!

2018/06/17

この辺りでも10日ほど前に梅雨入りしたようだ。稲は盛んに分げつを繰り返し、背丈を伸ばすだけでなく多くの葉を茂らせ始めた。田植えの頃の田んぼと違い、徐々に緑が水面を覆い隠すようになってきた。今年の梅雨は、 雨も程よく降り水不足の心配はないようだ。しかし、夜になってからの気温の低さが少し気に掛かる。

里山の美しい住人たち

私が最も多くシャッターを切る平尾の棚田は、奥比叡連山に刻まれた谷筋に築かれている。圃場整備が行われる前の曲線で囲まれた昔ながらの田んぼが積み重なり、有名な馬蹄形の棚田や一本桜のある谷間である。

谷の幅は標高が高くなるに従って狭くなり、最も狭い所で100~200ⅿほど。広い所で600~700ⅿほどになる。谷の両側の尾根筋には、針葉樹や広葉樹の雑木の森、竹林などが連なっている。谷の底には大倉川(天神川)という細い川が蛇行して流れ、そこに小さな河原もできている。棚田には、柿の木やクヌギ、桜の木などが点在し、それ自身が住処となり餌場や止まり木となっている。ほとんどが水田だが、わずかながら野菜などが育てられる畑もある。近年は麦畑が広がってきている。こまめに草刈りされた日当たりのいい雑草地、雑草に覆われた耕作放棄地、全く手入れのされていない笹や灌木の藪となってしまっている所も少なくない。じくじくと水が滲み出す湿地も所々にある。棚田は標高80ⅿくらいから320ⅿほどの間に築かれ、溜池が要所々々に配置されている。そこより上は、標高500~800ⅿくらいの山の中へと入っていく。山の大部分は檜や杉の針葉樹に覆われ、林業が営まれている。その針葉樹林の中にぽっかりと穴が開いたような状態で広葉樹林が点在し、春の新緑、秋の紅葉が美しい。わずか1㎞×3㎞にも満たない谷筋に、多様な生き物たちの多様な生息環境が存在している。

   今回は、この多様な生息環境に適応し、自らの居場所を定めている野鳥たちを紹介させてもらおうと思う。

 

【コゲラ】 日本で一番小さなキツツキ。この写真は、桜の木についた幼虫を食べているところ。キツツキらしく、口ばしで木の幹を突くドラミングの音も聞こえてくる。結構近くまで寄っても逃げない。やんちゃ坊主のような顔が何とも可愛い。

【ヒヨドリ】 体長は30㎝ほど。スズメなどと比べると倍くらいの大きさになる。留鳥(その地域で生まれ育つ)/漂鳥(季節的に国内を移動)に分類され、寒さの厳しい地域では、温暖な所に移動していくようだ。農村地域だけでなく、都会の公園や庭先でも見ることができる。この写真の顔を見ていると、どこか哀愁を感じてしまう。地域によっては、キャベツやミカンなどの農作物を荒らすようだ。

【オオルリ】 その美しい鳴き声で、ウグイス・コマドリと伴に「日本三鳴鳥」とされている。四月の下旬ころ東南アジアの国々からやって来て、日本で繁殖・子育てをして秋に戻っていく。キリッとした凛々しいお顔。瑠璃色が美しい。少年時代からの私の憧れの鳥である。

【ヤマガラ】 少年時代、夜店などで見かけた懐かしい思い出がある。この鳥に10円?を渡すと、先ず鳥かごの中に作られた神社の鈴を鳴らし、次に神社の扉を開けて中から「おみくじ」を持ってきてくれる芸を見せていた。野鳥の保護運動が高まり、今では法的にも捕獲が禁止され、そうした姿を見掛けることはなくなった。

【イカル】 この写真は、小さなサクランボを夢中で食べているところ。木の枝に止まって、口に含んだ餌を愛妻に口移しで渡す様は、本当に微笑ましい。スズメより一回り大きい。

【ツグミ】  秋にシベリアから大群で渡ってくる。稲の切り株の間を餌を探して歩き回る姿をよく見かける。3月末頃になると一斉にシベリアに帰り、繁殖・子育てをする。スズメより一回り大きい。

【ヒバリ】 トビなどの大型鳥類を除けば、この辺りではヒバリが最も空高く舞いさえずっているのではないだろうか?  このさえずりは「揚げ雲雀」といって、縄張り宣言をしているそうだ。近年、麦畑が増えたせいか、ヒバリのさえずりが多くなっているように感じる。

【ホオジロ】この時は、クヌギの木のてっぺんで盛んにさえずっていた。こちらも少しづつ接近する。それでも気にならない様子でさえずり続けている。4~5ⅿほどに近づいただろうか、あっという間に飛び去ってしまった。野鳥の撮影には、適切な距離感というものが必要なようだ。

【カワセミ】  カワセミは、私の少年時代の憧れの鳥である。それが私の自宅のすぐ近くで出会えるとは思わなかった。小さな魚が泳ぐ小川や溜池があれば、意外とどこででも見つけることができる。口ばしは長く、いかにもハンターといった風情である。オスが採ってきた小魚をメスに口移しで与える求愛行動も、運が良ければ見ることができる。この里山に輝く小さな宝石である。

【アオサギ】 羽を広げれば180㎝ほどになる。日本で繁殖するサギの中では最大のものである。よく田んぼに降りてきてカエルやザリガニなどを食べているようだ。この写真は、小高い丘の中腹にある大きなクヌギの木に止まっているところを撮った。高さは20ⅿほど、かなり見上げてアングルを決めた。枯れ枝を足元に集めていたところを見ると、営巣していたのかも知れない。

【ムクドリ】 スズメよりは二回りほど大きく、鳩よりも一回り小さい。都会では数千・数万の大群となって街路樹などに集まり、糞害や騒音公害を起こしている。農村地帯では虫取りの名人として有難がられる存在でもある。

【カワラヒワ】 スズメほどの大きさ。全体に茶色っぽい一見地味な鳥だが、羽を広げると黄色が美しい。麦畑の収穫が終わった後に、イヌタデが群生していた。そこに十数羽のカワラヒワが何かをついばみにやって来ていた。

【スズメ】 日本人にとって最もポピュラーな鳥ではないだろうか。小学生の頃は「手乗りスズメ」として飼っていたこともある。こうした野鳥を見ていると、触れた時の身体の柔らかさ・爪の鋭さ、身体の温もり、トクトクと脈打つ心臓の鼓動、命ある者が持つ独特の感覚が手のひらに蘇ってくる。田んぼなら、どこにでもいるわけではない。村から遠く離れた田んぼで見掛けることはない。人の生活と接した田んぼがお気に入りのようだ。

 

 これらの写真のほとんどが、今年の4月~6月初旬に出会った鳥たちである。野鳥たちにとっての春は、恋の季節であり、巣作りや子育てに追われていく季節でもある。耳を澄ませば、奥比叡の里山は鳥たちのさえずりに溢れている。


 

今年の1月、信州の女神湖で井坂さんという野鳥を撮っておられるアマチュアカメラマンと偶然お会いすることができた。その後、彼のフォトブログ【 healing-bird のファンとなり、それが鳥への関心を持つきっかけとなった。これまでの私の写真の中にも、鳥が写っているものが少なからずある。しかしそれらは、風景を撮っている中で鳥が偶然入ってきたものがほとんどであり、鳥そのものに関心を持ってカメラを向けたものではない。しかも、トビやカラス、カモやキジ、シラサギなどの大型の野鳥が大半である。理由の一つには、小さな野鳥を捉えるには私のレンズシステムの中で望遠系のレンズが不足していたということもある。いずれにしても小さな鳥たちは、どれもが茶色のモノトーンに見え、関心の埒外にあった。

不思議なことに、野鳥に関心をもって棚田を歩いていると、これまでと違って多くの鳥たちが目に入ってくるようになり、聞いたこともないような鳴き声が耳に入ってくる。今日の写真の中で、コゲラ・オオルリ・カワセミ・ヤマガラ・イカル・ホオジロ・カワラヒワなどは、今回の撮影に際して初めて目にした鳥たちである。今までもお目に掛かっていたのかも知れないが、全く気付かなかった。今年で奥比叡の里山とのお付き合いは28年になる。これまで見たいものを見、聞きたいものを聞いていただけだったのかも知れない。自分の利害の外にあるもの、関心の及ばないものについては何も見て来なかったのではないかと、今更ながらに反省させられる。

いずれにしても、井坂さんとお会いしていなければ今日のdiaryはなかったと思う。今では棚田に止まらず、自宅であろうと京都の職場であろうと、どこにいても鳥の声に耳を澄まし、鳥影を目で追いかけている自分がいる。少し里山を見る目が豊かになり、少し人生が幸せになったような気がする。井坂さんに感謝!

2018/05/20

鳥はヒバリ。朝露に濡れた畔の上を朝食を求めて闊歩していた。この鳥は、畑や草原・河原などを好むらしい。この数年、麦茶の原料となる麦畑が増えたせいか、ヒバリの鳴き声が多く聞かれるようになった気がする。東京都辺りでは、草地の激減で絶滅危惧Ⅱ類に指定されているようだ。ピーチク・パーチク、ピーチク・パーチク・・・・・・・元気のいいさえずりが、青空高く響き渡っている。

7度目の5月

2012年5月に始めた「棚田日詩」は、今回で7回目の5月となりました。当初2年で止めるはずだったものが、更新回数も数えてみると180回を越えていました。「棚田日詩」は、そもそもの始めから写真と文章でお届けしようと考えていました。とはいえ、それまで文章を書くなどということとはほぼ無縁の生活をしてきました。「60歳からの手習い」という言葉があります。結果的に、この言葉が私の背中を強く押してくれたように思います。それと、「何とかなるだろう」という良く言えば楽観的、悪く言えばいい加減さがあったのだろうと思っています。

青息吐息、四苦八苦で綴ってきたつたない文章です。皆様には読む苦痛を与えてきたのかもしれません。その点については、この場でお詫び申し上げます。それでも、私自身にとっては文章を書き始めて本当に良かったと思っています。言葉で風景を見ることによって、今まで気付かなかったことに気付き、見えなかったものも見えるようになってきました。棚田や農業、里山といった視点も少しづつ整理できてきたように思います。写真だけでは、こうした私自身の成長はなかったように思います。そしてこのことが、今の私の写真にも反映してくれているものと思っています。反対に、写真はいつも言葉を綴る大きな刺激となってきました。「60歳からの手習い」、まだしばらくは続けられそうです。

これまで「棚田日詩」にお付き合いいただいた多くの方々に、心からの御礼を申し上げます!!


本来なら、今月の初旬と下旬の二回にわたって更新するつもりでいました。ところがギックリ腰が悪化したため、立ち上がるのも辛い時期が続いてしまいました。今年は、できるだけ写真を多く載せていきたいと思っています。

6年目の「棚田日詩」、宜しくお願い申し上げます。

2018/04/14

代掻き/カクリマンガン

代掻き(しろかき)とは、田起こしされた田んぼに水を入れ、土を細かく粉砕し、掻き混ぜて、田んぼの土を平面にしていく作業のこと。目的は土を泥状に均質化し、どの稲も均等に生育させることと、苗を植えやすくすることである。また、雑草の発生を抑える効果もあるといわれている。

昔の代掻きは、荒代 (あらじろ) 、中代 (なかじろ) 、植代 (うえじろ) の3回行うのが普通だったようだ。今も機械化されているとはいえ、見ていると日数を置いて何回か行われているようだ。

上の写真は、田起しでできた畝の土を粉砕し、掻き混ぜている所である。正に荒代 (あらじろ) 作業の最中である。

かつて、土を細かく粉砕するのに「万鍬(マンガ/マグワ)」という農具が使われていた。万鍬は鍬の一種なのだろが、先端の形状が異なる。柄からT字型に組まれた木の棒に、何本もの鋭い串が突き出された形をしている。

下の写真に写っているV字型のものは、万鍬と同じ機能を持つ「カクリマンガン」と呼ばれる農具である。使われなくなった農具の整理なのか、ここに2年ほど捨て置かれ朽ちていったものである。

恐らくマンガンは、「万鍬」という農具のこの地方独特の呼び方である。カクリとは、田起しでできる人の頭ほどの大きさの土の塊を細かく粉砕するという方言のようだ。但しこちらのマンガンは、土壌が粘土質の田んぼで威力を発揮してきたようだ。

カクリマンガンは、Vの字の底を支点にして180度開く構造になっている。その上に人が乗って牛に曳かせていたという。田んぼに水を入れる少し前、3~4回ほど掛けて畝を壊し、土を細かくしていった。丁度今頃、大活躍していた農具であった。

 

万鍬は、1700年ほど前から始まる古墳時代に大陸から伝わってきたという。日本の農業と日本人の食を支えてきた重要な農具であった。この千数百年という歴史を持つ万鍬は、最初は木製の小さなものであったらしい。それが牛馬の利用とともに大型化し、串の部分も鉄製のものに変わっていったという。

ほんの40~50年ほど前のことである。この万鍬にとって代わる道具が現れた。耕運機やトラクターの出現である。耕運機は土を細かく砕くことを目的とした機械だが、1967年には全国で300万台以上の普及を見せていたという。恐らくこの時期、奥比叡の棚田でも牛の鳴き声に代わってエンジン音が響き始めたのではないだろうか。

今日の写真は、代掻きに使われた新旧の道具が主役となっている。ほんの数十年ほど前、日本の農業がどんなに大きな変化の中にあったのかを静かに語ってくれている。耕運機やトラクターは、農作業の省力化や生産性の向上に大きく貢献してきた農具である。と同時に、農家の兼業化を促進してきた農具でもあった。そして農村から、牛や馬も消えていった。

2018/04/01

さくら便り

今年も一本桜の開花に合わせて、多くの人たちが花見に来られている。家族連れで記念撮影をする人、恋人同士でお弁当を食べる人、おばちゃんたちの女子会、スケッチブックを開く人、ウォーキングやサイクリングの人たち、そして桜と棚田を撮りに来られるカメラマン達、達・・・・

今年の一本桜の開花は、例年より少し早い。3月29日の木曜日だった。前日の水曜日には一輪の花も咲いていなかったのが、いきなりの五分咲きとなった。4月1日現在、よく見るとまだ多くのつぼみを付けている。八分咲きといったところだろうか。

今日の写真は、リアルタイムな花だより。一枚目と二枚目の写真は、桜公園でのもの。桜公園は、一本桜よりも標高にして150~160ḿほど高い所にある。まだ三~四分咲きといったところ。三枚目の棚田を見下ろす写真は、一本桜の隣にある駐車場からのもの。下の写真は一本桜。水曜日辺りが満開か。入学式の頃には、花びらが空に舞っているのかも知れない。

そして田んぼは、代掻き(水入れ・土の泥化・畔塗り)から田植えへと向かっていく。

 

一本桜は、6日・7日の金・土でほとんど散ってしまったようです。小学校の入学式まで持ってくれなかった。残念!

2018/03/18

霜の中から

3月は、中々気性の激しい月でもある。春一番が、春の嵐となって吹き荒れる時もある。5月のようなポカポカ陽気の日が続くかと思えば、いきなり真冬日に戻ることもある。菜種梅雨などといって、雨の日が続くことも多い。そんな日々を繰り返しながら本格的な春に移行していくのが3月である。

琵琶湖の湖西地区では「比良八講荒れじまい」という言葉がある。「比良八講」とは、比叡山天台宗の僧侶や山伏たちが湖上安全や浄水などの祈願を行う宗教行事である。それは3月9日から26日までの間に執り行われ、最終日にはほら貝を吹き鳴らして街中を練り歩く。この時期、比良山と琵琶湖の気温差が大きくなり、山の上から琵琶湖に向けて冷たい突風が吹き降ろされる。「荒れじまい」とは、比良八講の最終日には突風も収まり、湖国に本格的な春が訪れるという意味である。

 

今日の写真は、3月の中にある冬と春の点景である。上の写真は3月11日、霜に覆われ倒れているホトケノザ。下の写真は10年ほど前の3月26日、「荒れじまい」の日に撮られたものである。花が咲き誇り本格的な春の到来を告げている。奥比叡の春は、凍てつく霜に耐えながらやってくるようだ。

 


 棚田は、田植えに向けて忙しくなっている。水路の整備、春耕、土手の草焼き、等々。出会う軽トラックの数が多くなってきたようだ。土手にはイヌノフグリが青く小さな花をいっぱい咲かせ始めた。蝶も飛び始めている。鳥たちは、枯れ草や枯れ枝をくわえて巣作りに忙しい。今年は開花が早いのか、一本桜の蕾も大きく膨らんでいる。今月の末には咲いているのかも知れない。

棚田に小さな命の目覚めの時がやって来た。